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買ってはいけない! スーパーのうなぎ(高野 孟)

《新聞はベタ記事が面白い》No.008

7月28日付東京新聞投書欄の「ウナギ激減を招いたのは」という東京都中野区の教員(47歳)の一文が的を射ている。「今年はもう、ウナギを食べないことに私は決めている」と彼は言う。私と同じ心境だ。「ウナギは高くても旨い鰻屋でたまに食べればいいのに、安さ第一でスーパーのウナギを買う。スーパーは、高いウナギを安く売る努力をしている。だから外国に工場を造り、大量生産で薄利多売の戦略を採る。しかし、ウナギの稚魚は天然で量が決まっている。多売のための乱獲は早々行き詰まる運命だった。ウナギがなくなっても他の魚を売ればよいスーパーは、それでもためらわなかった。だが、ウナギがなくなれば、鰻屋も日本の鰻文化も終わってしまう。たまにでもいいから旨いウナギが食べたいなら、スーパーのウナギに手を出すのはやめよう」と。

ダイエーの故・中内功が半世紀前に提唱した薄利多売の「流通革命」は、その当時の日本にとっては確かに革命的であったに違いないが、「安ければ消費者は飛びつく」というのは所詮、発展途上国後期のこの国の量的拡大の時代にはふさわしかったというだけの話で、やがて80年代を通じて先進国型の成熟経済の下での質的充実の時代を迎えると、もはや時代後れとなって、だからダイエー自身が潰れた。しかし、その薄利多売至上主義はまだ至る所に残っていて、それは結局のところ、汗水垂らしてモノを作り価値を創造する人こそ恵まれないという社会風潮を生みだしてきた。

数年前に、仙台の牡蛎生産業者が地元産だと偽って下関経由で仕入れた韓国産の牡蛎を混ぜて出荷していたとして摘発されたが、調べてみると、ジャスコや生協などの大手流通業者が牡蛎生産業者に対して、「これこれの規格のものを毎日、これだけの量を、これだけの値段で納入せよ」と強要して苛めまくったので、業者は止むに止まれずそのような不法手段に手を染めざるを得なくなったという。家電でも同じで、たとえば他のどの店よりも安いことを売り物にするヤマダ電機は、扱い量をタテにメーカーからの仕入れ値を叩きに叩くので、パナソニックなどメーカーの営業担当はヤマダ本社に商談に来て泣きながら帰ることになるのだそうだ。こうやって薄利多売の流通権力が実際にモノを作っている人たちを尊敬しないどころか苛め抜いて、「いやなら中国産や韓国産の安物を仕入れるからいいんだよ」という態度をとることが、日本の農工業のモノづくりを破滅に追い込んでいる。

安ければいいと思う消費者がいる限り、流通の生産弾圧が続き、国が滅んでいく。それをおかしいと思うなら、スーパーでウナギは買わないことだ。

【NLオリジナル】

《高野孟のTHE JOURNAL》
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