原発作業員は使い捨てか 「被曝隠し」の背景とは(木野 龍逸)
朝日新聞電子版(2012年7月21日付)に、福島第一の作業員が被曝線量の偽装をしているという記事が出た。記事には、線量偽装を指示した会社役員が、「年間50ミリシーベルトまでいいというのは、原発(で仕事を)やっている人はみんな知っている。いっぱい線量浴びちゃうと、年間なんてもたない。3カ月、4カ月でなくなる。自分で自分の線量守んないと1年間原発で生活していけない。原発の仕事ができなかったらどっかで働くというわけにはいかねえ」と説明するくだりが報じられている。
線量計に鉛板、東電下請けが指示 原発作業で被曝偽装
http://www.asahi.com/national/update/0721/TKY201207200768.html
年間の線量限度と原発作業員の雇用の問題は、事故直後から指摘されていた。国会事故調の作業員アンケートにも、福島第一の作業で線量限度を超えて他の原発で働けなくなるなどの不安が複数の作業員から出ている。廃炉に向けた数十年間、作業員をどう確保するかは、技術的課題とともに最大の壁のひとつといっていい。
ところが政府も東電も、これまでとくだんの対策を講じていない。また、将来的に作業員がどのくらい必要なのか、どのていどの被曝が予想されるのかなど、具体的な数字をまったく公表していない。これまで何度も作業員数の将来予測を質問したことがあるが、そういったものはないという回答が続いていた。
例えば東電と政府が昨年4月に工程表を発表したとき、工程表なら必要な人員数が入っていてしかるべきだと質問したことがある。しかし政府や東電は、そういったものはないと回答した。
必要人員の入っていない工程表などあるわけがない。工程表には作業員の人数や工数(課題ごとにわけた作業数)が不可欠なのだ。目的達成のために必要な作業を選定し、完成までの日数などを計画し、それに必要な人数や予算を入れ込み、そのひとつひとつを積み上げていくと、工程表になる。完成時期の目標から逆算するなら、それに応じた人数と予算が必要なので、やはり作業員数は必要になる。
それを「ない」というのは、東電と政府が一緒になって情報を隠蔽している可能性が高い。情報非公開の原則が、相変わらず続いていることになる。
福島第一ではこれまで、のべ2万人以上が敷地内で作業し、外部被曝と内部被曝の合計で50ミリシーベルトを超えた作業員が808人に達している。1か月あたりの被曝線量の平均値は、昨年の秋以来大きな変化はなく、東電社員が0.9ミリシーベルト前後、協力企業作業員が1.2ミリシーベルト前後になっている。協力企業作業員の方が東電社員に比べて被曝量が大きいのも、昨年来変わらない。
6月30日に東電が発表した作業員の被曝線量分布等
http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu12_j/images/120629j0601.pdf
事故収束宣言と共に、福島第一で働く作業員の被曝限度は年間50ミリシーベルト、5年間で100ミリシーベルトの上限という平時の基準に戻っている。このため、昨年来の収束作業で被曝量が大きくなった作業員からは、原発での仕事を継続できないという不安の声が出ており、それは国会事故調の作業員アンケートでも確認できる。以下、一部要約してアンケートを紹介する。
「被曝線量が5年で100では福島第一で仕事ができなくなるので、被曝線量(の上限)を考えてほしい。被曝が原因で病気になっても(いいように)原爆手帳のようなものを作って、安心な気持ちで仕事をしたい。被曝手当てや危険手当などを増やしてほしい」(一次下請け企業)
「これからも収束に向けて作業に当たるが、問題は放射線の被曝線量です。見直してほしい。それでないと(作業が)できる人が働けなくなり、現場は作業が進まなくなる」(一次下請け企業)
「従事したことにより職を失う人もいる事を考えて頂きたい。福島や国を守るために犠牲を覚悟で働いた人々が、被曝の累積管理上(職を)追われる結果が現状」(元請け企業)
「電力社員等は他所での勤務が可能であるだろうが、地元人員はここで生活してきて、ハイ終わりというわけにはいかないので、会社として苦労しているようで、我々もどうしてよいのか(わからない)」(元請け企業)
「自分は元請けという立場だったので、事故後の作業に従事せざるを得なかった。本来業務からすると3月11日以降の被曝量はとんでもなく多い値であり、今後の自分の健康も心配だ。東電、または国は作業員のその後の健康管理、またはガン等の病気にかかってしまった歳の補償を真剣に考えてほしい。事故後、私は自社の危険手当を少しもらったが、気持ち程度のお金しかもらっていない(中略)私は一度ガンになっていますが、今回の被曝により再発して死んだら、ただの働き損です」(元請け企業)
国会事故調「福島第一原子力発電所の従業員に対するアンケート調査結果」
http://naiic.go.jp/pdf/naiic_sankou_jyuugyouin.pdf
アンケートからわかる被曝線量や待遇についての不安や不満は、おそらく氷山の一角だろう。しかし既に現れている(というより、当初から予想が容易だった)問題について、政府は具体的な手立てを講じていない。こうした課題を解決する手段のひとつが、国による直接雇用ではないかと思えるが、7月13日の閣議後会見で原子力行政を所管する細野豪志・内閣府特命担当大臣は、「国が雇用してうまくいくものでもない。当事者意識もあるので、今の段階で(直接雇用を)検討しているということはない」としている。
おまけに収束作業の当事者である東電に至っては、報道などで問題になっている7次、8次下請けといった重層契約の問題を質問すると、元請け企業の問題であって東電の責任ではないという、木で鼻をくくったような回答を繰り返している。これでは作業員の待遇改善や被曝と雇用継続の問題解決は望めない。さらにいえば、冒頭で紹介した朝日新聞記事のような線量隠しが今後も続くことが予想される。
先の国会事故調アンケートで、一次請け以下の企業に所属する作業員は、こんなことを回答している。 「復興まで原子力産業に従事したいとは思っているが、何のバックアップもないのが現状です」 数十年になると予想される事故収束作業を着実に進めるためにも、線量限度を超えて働けなくなった場合や健康影響が生じた場合の補償など、作業員の生活の安定に資する体制を今すぐ整えることが求められているのではないだろうか。
【ブログ「キノリュウが行く」より】