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情報保全法への布石+予算確保の手段としか思えない「中国大使館スパイ疑惑」(日隅一雄)

在京中国大使館の1等書記官のスパイ容疑が大きく報道されている。書記官が身分を隠して外国人登録証を取得していた疑いがあるとして、警視庁公安部の出頭要請を受けていたにもかかわらず、中国に帰国していたというのが直接の問題点のようだ。何か、膨らむ要素があるのかな~と思いつつ、当初の報道の内容をみると、特殊な情報や特殊な機器などが狙われたということではないようだ。この書記官は外交官には禁止されている報酬を得る活動を行っていたと疑われていることから、そこからの収入を一般的なスパイ活動に充てていたのではないかという疑いをかけられている、というレベルの話のようだ。

なんか変だね。さぁ、ここであなたのメディアリテラシーが試されますよ。

チェックのポイントがありましたよね~、正確には何でしたっけ?

確か、(1)報道内容がおかしくはないか? (2)その報道によって誰が得をするか、(3)お金の流れを押さえる、の3つだったかと思います。

(1)については、今回の事件は、書記官が違法に収入を得ていたとの疑いとスパイ活動を行っていたとの疑いは直接には関係ないと思われる。したがって、外交官には許されていない報酬を得る活動を行って私腹を肥やしていたことが本質のように思える。それを問題にする、というならとても素直な報道だが、この報酬を得る活動をスパイ活動の資金にしていたと結びつけるのは少々、強引なように思える。

続報では、米の対中輸出にも関与していたようだし、結局、書記官は自らの地位を利用して、自己の利益を図ろうとしていただけのように思えるが、続報についても、テレビは、それらの活動を通じて、政治家との接触があったことを問題視しているように思える。

こういう強引な記事は要注意だ。

そこで、(2)だが、この報道によって一番得をするのは、明らかに警視庁公安部だ。ワイドショーなどを見ると、「日本にもスパイがいたんですね~」、「日本はスパイ天国ですから」などと報道している。市民を驚かせてスパイ対策の必要性をあおっている、いつものパターンの報道がなされている。

東西冷戦が収束し、公安部の存在意義が問われる中、公安部は自分たちの存在意義をアピールすることができる事件は大きく報道されるようにリークしてきた。たとえば、アルカイーダが注目されれば、日本にいるとリークしてみたり(誤りであることが発覚した)、過激派の運動家にしてもいないことをしているようなリークをしてみたり…。公安が相手にする事件では、相手方が反論をしにくい立場にあることが多く(今回は海外にいる)、リークし放題だし、メディアも訴訟のリスクが小さいから書き放題、ということになる。

こうして、公安は、予算を維持してきた。

今回のリークもその役割を果たすのだろう。

そして、それを確認できるのが、(3)の金の流れだ。書記官がスパイ活動のために収益活動を行ったのか、私腹を肥やすだけだったのか…。もっとも、この点がどこまで明らかになるかは分からないですね。

ただし、本件では少し、気になることがある。

あまりにも強引なのだ。

そもそも、外交官は、赴任地あるいはその周辺の情報を得ることは任務の一内容だ。人脈を広げ、いろいろな情報を得ながら、より詳しい情報を得るために、どの人物にどのようなアプローチをするか、検討する。外交官としては当然のことで、このようなことが行われていることをいまさら報道することには何の意味もない。また、このようなことをしている人を改めてスパイだと称して危険視する必要はない。

また、下の図(平成23年警察白書)のように、日本でのスパイ活動の存在は明らかだし、ちょっと調べれば、このような情報は入手できる。それにもかかわらず、「え~、日本でもスパイがいるんですか」というコメントをさせるのは、視聴者を馬鹿扱いしているとしか思えない。そこまでしてでも、この時期にこの事件を利用したいのはなぜか…。

国会に上程されている秘密保全法案を成立させるために利用しようとしているのではないか、と疑わざるを得ない。

おそらく、今後、しばらくの間、読売や産経を軸に、この事件はリーク合戦になるだろう。この書記官が接触した人物のなかに特別な人がいるという情報、この書記官が情報をとるにあたって、特別な手口を使ったことなどがおもしろおかしくリークされるはずだ。同時に、このようにスパイが自由に活動できる日本はスパイ天国だ、そのような日本を守るためには秘密保全法が必要だ、という情報も報道されるだろう。

すでに対中国米輸出に関わっており、それらの関連で日本の政治家にも接触したことがリークされたようだ。これだけではないはずだ。書記官は日本にはいないため(もちろん、日本にいても反論はできないだろう)、書記官側から反論されるおそれは少ない。したがって、前述の通り、マスメディアは、訴訟のリスクを気にせず、公安部が流す情報をおもしろおかしく、場合によっては尾ひれをつけて書くことができる。

そのような報道を行うのは自殺行為だ。

もうご存じだと思うが、秘密保全法には、情報を漏らすように働きかける行為そのものを独立して刑罰を科すという規定が盛り込まれる予定だ(「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」の報告書参照 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/jouhouhozen/dai3/siryou4.pdf )。

つまり、情報源から情報を得ようと働きかけた場合、実際に、情報源がその情報を得ていなくても、働きかけた行為自体が処罰されるわけだ。こうなると、情報源が相当信用できるものでない限り、情報を与えてくれるよう働きかけることができなくなるということだ。公務員及び公務の受託者らに対して独自取材をすることが事実上、ほとんどできなくなるということだ。

これまでなら、庁内の担当者の席まで赴いて、「さっきの発表で少し補足してほしいのだけど」などと追加取材することができた。しかし、その補充内容が「特別秘密」だったとしたら、独立教唆罪ということになりかねない。もちろん、記者に、故意があるかどうかなどの問題があるため、直ちに有罪になるとはいわないが、職場が捜索されるなどの嫌がらせをするには十分なきっかけとなるかもしれない。

そこらあたりへの配慮もなく、リークに乗っていると、政府発表以外は何も書けないことになりますよ~。