上杉隆の「ニッポンの問題点」『 東京五輪問題 2 』
なぜ、4500億円だったのか? この金額の謎を解くには20世紀末まで時計の針を
戻さなければならない。実は、東京オリンピックの招致計画では、石原知事が
就任直後に「目玉政策」として打ち出した外形標準課税(銀行税)が大きく関係
していることはほとんど知られていない。1999年7月、東京都は莫大な財政赤
字を抱え込み、このままでは財政再建団体に転落するという瀬戸際に立たされ
ていた。破綻直前の巨大省庁を救うのは容易なことではない。さまざまな人物
がアイデアを持ち寄ったが、どれも救済案となるにはいまひとつだった。そこ
にひとりの都官僚が現れる。都庁随一の切れ者といわれた大塚俊郎主税局長
(当時。のちに副知事)だ。石原知事は財政再建の宿題を主税局長に投げる。大
塚氏が目をつけたのが地方税法の中にある課税自主権の法令、銀行を狙い撃ち
にした外形標準課税だった。