「安心神話」振りまく環境省の甲状腺検査は意味がない(木野 龍逸)
2013年3月8日に環境省は、「福島県外3県における甲状腺有所見率調査結果(速報)」を発表した。この調査の背景、目的について環境省は、「福島県が行う県民健康管理調査の甲状腺検査において約40%の方に20.0mm以下の小さなのう胞等の所見が認められ」ていて、「小さなのう胞等は精密検査を必要とするものではありません」が、「住民の方の不安を招いていると指摘されて」いるとし、「住民の皆様の理解促進に役立てることを目的に、福島県外の3県の子どもを対象に、県民健康管理調査と同様の検査を実施し、その結果の妥当性について、情報を提供することとした」と記載している。
(http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=16419)
要するに、福島県の調査結果に不安を持っている人が多いので、不安を解消しましょう、ということなのだろう。青森、山梨、長崎で4365人を調査した結果は、結節や嚢胞がなかった人(県民健康管理調査のA1判定相当)は全体の42.4%、5mm以下の結節や20mm以下の嚢胞(A2判定)があったのは56.6%、5mm以上の結節や20.1mm以上の嚢胞(B判定)があったのは全体の1%だった。甲状腺の状態から直ちに二次検査を要する人(C判定)は、ひとりもいなかった(上記表)。
この発表を受けて、朝日新聞は「子どもの甲状腺「福島、他県と同様」 環境省が検査結果」、NHKは「子どもの甲状腺検査 福島県以外と同じ」と報じた。どちらの記事も、福島の結果は他県とほぼ同等だったという環境省のコメントとともに、放射線影響研究所の長瀧重信理事長に話を聞き、朝日新聞は「福島が異常な状態ではないとわかった」、NHKはさらに踏み込んで「今、福島で報告されている甲状腺のしこりなどは原発事故による被ばくの影響とは考えにくいことを示している」という言葉を紹介している。
子どもの甲状腺検査 福島県以外と同じ(3月8日 NHKニュース)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130308/k10013054841000.html
子どもの甲状腺「福島、他県と同様」 環境省が検査結果(3月8日 朝日新聞)
http://www.asahi.com/special/news/articles/TKY201303080179.html
けれども環境省の調査は、環境省が目的に記載しているように、福島県の検査でわかった嚢胞や結節の「大きさ」だけを見るもので、それが悪性なのか良性なのか、福島県ですでに小児甲状腺ガンが3人、疑いが7人出ていることをどのように評価するのかについて、解を与えるものではない。とくに今回の速報はデータが大ざっぱすぎて、何かの意味を見つけるのは難しい。詳細は月末に発表される予定だが、それでも詳しいことはわからないだろう。環境省は今回の調査に、福島県で実施している細胞診のような詳細調査を組み込んでいないのだ。
環境省の調査は以下のような点から、福島との単純な比較ができない。まず第一に、年齢構成がわからない。甲状腺に異常があるとすれば年齢ととともに成長するので、年齢構成を福島県と揃えないと、厳密な比較はできない。また福島県の調査は0〜5歳が26%を占めるが、環境省の調査では3歳未満は含まれてない。
さらに福島県の調査では嚢胞と結節を別々に集計しているが、環境省の速報では未集計だ。甲状腺癌の判定では結節の有無も大きな意味を持つので、未集計では比較が難しい。
そのため、3月8日に環境省が実施した記者への説明では、「福島県ではすでに甲状腺癌が見つかっている。他地域と比べるなら福島と同様の二次検査まで実施し、診断を確定させる必要があるのではないか」など、調査の意味に疑問を持つ声も多かった。これに対し環境省は、この調査の制度設計をしたのは2012年夏で、まだ甲状腺癌が出ていなかったため二次検査まで含めていなかったこと、もし詳細な調査をするとしても調査に参加した人の同意を得る必要があるため、今回の調査の延長で行うのは難しいこと(つまり最初からやり直しになる)などを説明した。
現状を考えると、単なるスクリーニングに過ぎない判定基準だけを他の地域を比較するというのは、どうも腑に落ちない。調査を発注する際に環境省は、専門家と相談もしたという。誰とどのような話をしたのかは、今のところ明らかになっていない。
ところで今回の調査は「NPO法人日本乳腺甲状腺超音波医学会」が受注している。同学会は9人の調査委員会を組織し、調査結果の評価などについて2回の委員会を開いて議論している。3月27日には最終回となる第3回が予定されている。
調査委員会のメンバーは、以下の通りだ。
鈴木眞一 福島県立医科大学 器官制御外科学講座 教授
高村昇 長崎大学医歯薬学総合研究科 国際保健医療福祉学研究分野 教授
志村浩己 山梨大学医学部 環境内科学講座 特任准教授
貴田岡正史 公立昭和病院 内分泌代謝内科 部長
赤水尚史 和歌山県立医科大学 第一内科学講座 教授
大津留晶 福島県立医科大学 放射線健康管理学講座 教授
山下俊一 福島県立医科大学 副学長 同放射線県民健康管理センター長
今泉美彩 放射線影響研究所 臨床研究部研究員
谷口信行 自治医科大学 臨床検査学講座 教授 (調査委員会委員長)
調査委員会がどのように評価するにせよ、この調査内容では福島の結果と比較してなにかの結論を導き出すのはムリではないだろうか。
他方で、県民健康管理調査の甲状腺検査で3人の小児甲状腺癌が確定したというのは、科学的にいって「多発」であるという指摘もある。
甲状腺がん「被曝の影響、否定出来ず」〜疫学専門家インタビュー
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1549
記事によれば、疫学を専門とする岡山大学の津田敏秀教授(大学院環境生命科学研究科)は、比較的まれな病気が一定のエリアや時間に3例集積すると、疫学の世界では「多発」としてなんらかの措置を講じるという。
甲状腺は無症状の場合もあるため、津田教授は発生しても発症しない有病期間を考慮した計算もしている。それでも従来の100万人に1〜2人という認識からすればはるかに高い、100万人に7.8〜11人程度という数字が出てくることがわかる。
津田教授は、福島県立医大の山下教授や鈴木教授が子どもらの甲状腺癌に対して被曝の影響を否定し、対策をとっていないことについて「被曝の影響がないと断定する材料は全くない」と批判し、「もし、被曝と関係がないとしたら、『原因不明の多発』ということになる。それこそ、すぐに拡大調査すべき内容」だと提言している。
今回の環境省の速報は、こうした科学的なデータを、印象的な数値で煙に巻くようなものではないだろうか。環境省の速報値について、あまり意味がないものだと指摘する専門家も複数いる。科学的検討を放棄し、行政から出てきた数字だけを根拠して安心をふりまいても、不安は解消されない。それだけでなく、必要な対策が遅れるおそれもある。
必要なのは、やみくもに因果関係を否定することではなく、リスクをきちんと説明し、市民が自ら判断できるようにデータを公開し、市民の判断に対して支援をすることだ。判断結果は避難かもしれないし、定住かもしれない。その両方を区別せず、判断を尊重するような支援策を整えることが求められている。安心ばかりを強調し、市民に帰還を強いるような政策、評価を押しつけるのは、かえって市民間のつながりを分断することになりかねない。
【ブログ「キノリュウイチのblog 」より】