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NPBコミッショナーと全柔連会長は影の権力者に操られる傀儡である(玉木 正之)

プロ野球(NPB)の「飛ぶボール問題」が、連日マスメディアを騒がせている。

「昨日まで知らなかった……私が知っていたら公表していた……(しかし)不祥事とは思わない……」と言った加藤コミッショナーの無責任な発言に非難が集中。しかも記者会見をプロ野球の試合中に開くというプロ野球を愚弄した行為にも批判が集まり。元駐米大使であるコミッショナーのガバナンス(組織統率力)が問われている。

これだけホームランが増えて(昨シーズンの約1.5倍)、「飛ぶボール」への変更に気付かなかった……というのは、コミッショナーとしてよほどの野球音痴というほかなく、その一点だけでも、プロ野球ファンはコミッショナーを辞任してほしいと思うだろう。

加藤コミッショナーが、本当にボールの変更を知らなかったのかどうか……。疑う声もあるが、それは、さほど重要な問題ではない。というのは、NPB(日本のプロ野球)のコミッショナーに何の「力」のないことくらい、ちょっとプロ野球事情に詳しいプロ野球ファンなら、誰もが知っていることである。

では、誰が「力」を持っているのかというと、巨大マスメディア読売グループのトップに君臨している渡邉恒雄氏である。そのことも、ちょっとプロ野球事情に詳しいプロ野球ファンなら、誰もが知っていることである。

だから今回の一件も次のように考えると、すべてが理解できる。

一昨年と昨年の両シーズンは、加藤コミッショナー肝煎りの「国際基準の統一球」の導入で、以前よりもボールの飛距離が短くなり(ボールが飛ばなくなり)、ホームラン数が激減した。

この「統一球」を導入する以前は、各球団が様々なスポーツ用品メーカーと契約し、いろんなボールを使っていた。打撃力優先のチームは「飛ぶボール」を使い、投手力優先のチームは「飛ばないボール」を使っていた。それぞれチーム事情に合わせて、ルールの範囲内で導入していたのだ。

古い話になるが、1985年の阪神タイガースの「新ダイナマイト打線」の爆発が「飛ぶボール」を使用した結果であることは、昔のプロ野球ファンなら誰もが知ってることで、当時、小生も何度も原稿に書いた(もっとも、その年タイガースが21年ぶりの優勝を果たし、日本一にまで輝いた原因を、すべて「飛ぶボール」に帰着させることはできないだろう)。

かつては、冷蔵庫で冷やして乾燥度を増して反発力を増した(飛びやすくした)ボールと、わざと湿気を与えて飛びにくくしたボールの2種類を用意し、自分のチームの攻撃のときには「飛ぶボール」、守備のときは「飛ばないボール」と、有利なボールが使い分けていたこともある。もちろん球団が用意したボールは、試合前に審判が点検してから使用するのだが、ボールボーイに渡すのは球団の職員。それが上手く行かないとき(攻守交代とボールの変更が噛み合わないとき)は、ベンチからサインを出し、有利なボールが巡ってくるように、打者がわざとファウルを連発したり、投手がボール交換を要求したりしたという。

(かつて「知将」と呼ばれた監督などは、このような事情に精通しているはずだが、「知将」の「駆け引き」が完全に否定され、スポーツのフェアネスが重視されるようになった今日、彼ら「知将」は、解説者となった現在も、それらの興味深い昔話を「披露」することはないだろう)。

「統一球」は、そんな「不正」をなくし、フェアネス(公正性)を担保するわけだから、基本姿勢は間違っていない。

ただそのとき、加藤コミッショナーによって「国際的な規準」に合わせるようにとの指示があり、ボールを「より飛ばなくする方針」が打ち出された。すなわち、ボールの反発係数がルールによって「0.4134〜0.4374」と定められているのを、湿度等による変動など考慮して「統一球」では「0.4034〜0.4234」と定めたのだ。

しかも、日本のボール制作技術は、きわめて高度だから、コミッショナーの指示通り、「統一球」は、確実に飛ばなくなった。

公表されたデータによると、「統一球」が導入された2011年に各地のスタジアムで行われた28回のボール検査の結果、反発係数が0.413未満(0.401〜0.412)だったのは24回。0.415以上だったのは、たった4回(0.413〜0.417)しかなく、ホームラン数は前年に比べて激減した。

同様に、昨シーズン(2012年)も、21回の検査回数のうち0.413を上回ったのは2回(0.415)だけで、残りの19回は0.403〜0.412の範囲に収まり、ホームラン数は前年のシーズンと変わらなかった。

ところがホームラン数が一気に1.5倍に増えたと言われる今シーズンは、これまで2度(4月10日、6月7日)に行われた合計14回のボール検査で、反発係数が0.413を上回ること(0.415〜0.420)が13回もあり、昨年まで圧倒的に多かった0.413未満の数値を示したのは1回(0.409)しかなかった。

反発係数の小数点以下の「小さな」数字が、どのような「大きさ」を示しているのか、判然としないところもあるが、一部報道によれば、0.001数値が上がれば、飛距離は20cm違うとされているらしい。ならば、使用するボールの変化によっては、同じような当たりの打球でも(計算上は)最大4m程度の差を生じていたことになる。

このような検査結果は、加藤コミッショナーにも報告されていたはずだが、報告をしたであろうNPBの下田事務局長自身が、「まさかこんなに飛ぶようになるとは(思わなかった)」と語っているとおり、この「小さな数値」の「差」が、ホームラン数で1.5倍もの「大きな差」を生み出すとは、加藤コミッショナーも「知らなかった」のかもしれない。

いずれにしろ、数字的にはルール違反ではなく、この一件は、日本のボール製造技術の高度な緻密さから生じた事件……ともいえる。それなら、少なすぎるホームランを多くするという意図を明らかにして、少しボールを飛ぶようにする、と宣言してから、今年の「規準」を実践すれば、何も問題はなかったはずなのだ(昨年までの1試合0.9本というホームラン数より、今年の1.5本のほうが、適切だと思う人は少なくないだろう)。

ところが、コミッショナー事務局の下田事務局長は、この「飛ぶボール」の採用(反発係数増加の指示)を、「統一球」を製造しているミズノ社に対して秘密裏に通達すると同時に、その通達に関して口外しないよう口止めまでしていた。

「まさかこんなに飛ぶとは……」と思ったとはいえ、コミッショナーのサインが入ったボールを、少しでも「飛ぶように変えようとする」のは、元共同通信記者である事務局長という立場の人間が、単独で行える指示ではあるまい。

そこで考えられるのは、多くの人が気付き、指摘もしている「権力の二重構造」である。

コミッショナーがプロ野球の最高権力者であり、最終決定者である……というのは、形式的なことで、実質的権力者が読売グループの総帥である渡邉恒雄氏であることくらい、ほんのちょっとでもプロ野球に詳しいファンなら周知の事実である。

じっさい、元駐米大使の加藤良三氏が、年俸2千4百万円(他に自由に使える交際費が1千万円)とも言われているコミッショナーの地位に就くことができたのも、もちろん「ナベツネ」と呼ばれる実質的最高権力者の承認があったからである。

そこで、次のような推測が成り立つ。

ある日、ナベツネ氏が「最近のプロ野球は、ホームランが減ったそうじゃないか。統一球ってのは、飛ばないらしいなあ……」と、パイプをくゆらせながら、読売新聞社にある広い会長室で呟く(註・ツイッターではなく、側近の人間に呟くのです)。

側近の人間は、「ハッ。そのとおりであります」とかナントカ答える。
そこで、ナベツネ氏は、「ホームランの少ない試合は面白くないなあ……」とかナントカ再び呟く。

それで十分だ。側近氏は、NPBのコミッショナー事務局にいるメッセンジャー(読売新聞社出身のコミッショナー事務局職員)に「ホームランを増やせ……」と、連絡をする。

メッセンジャーは下田事務局長に連絡する。下田事務局長は「統一球」を作るメーカーの社員に……という筋書が正しいかどうかは、さておき、この筋書は、プロ野球を少しでも取材している記者、マスメディアに関わっている人間なら容易に想像できることだ。

しかし、誰も、そのことを下田事務局長や加藤コミッショナーに正そうとはしない。

とくに、下田事務局長には、いつ、誰が、なぜ、どのような意図で、ミズノにボールの反発係数変更の指示を出したのか? を、訊くべきだろう。それは、下田事務局長一人の判断だったのか? 誰か相談をした事務局員はいたのか? あるいは、誰かからの指示はあったのか?……

プロ野球の問題を語るときは、常に権力の二重構造が問題となる。その構造は、最近、暴力問題や公金不正使用問題から女性選手へのセクハラ問題までが表面化しながら、「最高責任者(上村春樹会長)」が辞任しない全柔連(全国柔道連盟)と、そっくりだ。

全柔連も、上村会長には実質的な「力」がなく、日本の柔道界で最も大きな「力」を持っているのは、柔道の創始者である嘉納治五郎の孫にあたる第4代講道館館長の嘉納行光氏だという。現在81歳という高齢で、09年には講道館館長の座を上村氏に譲り、上村氏は全柔連会長と講道館館長を兼ねているとはいえ、その座を与えてくれている宗家嘉納家の長の存在とその意向は無視することができない。全柔連の人事も組織改革も、遅々として進まないのは、嘉納家と講道館の存在があるからだともいわれている。

渡邉恒雄氏とプロ野球の関係も、よく似ている。国内では大きな権力を持っているが、その権力が世界で通用しないこともそっくりだ。さらに渡邉氏の場合は、マスメディアが介在するために、いっそう国内での権力が強くなる。

形式的最高責任者(加藤NPBコミッショナー&上村全柔連会長)よりも力の強い実質的最高権力者(ナベツネ&嘉納家)が存在するから、組織内の人間(下田事務局長&全柔連理事)は、形式的最高責任者よりも実質的最高権力者の顔色と意向を、常に慮って動く。

そしてホームラン数が増え、秘密裏にボールの質を変えたことが表沙汰のなりそうだというので公表したところが、コミッショナーの「不祥事」として世論が反発。コミッショナーはボール変更の具体的事実の詳細を(たぶん)知らされなかったから不愉快千万。とはいえ実質的最高権力者の意向に従った事務局員を、叱責することはできない(そんな「力」は持っていない)。

おまけに実質的最高権力者はマスメディアの首領(ドン)でもあるから、他のマスメディアもその点には触れることができない。結局はジャーナリズムを発揮すべきマスメディアが、スポーツの経営や運営に乗り出してスポーツ・ジャーナリズムを放棄していることこそ全ての元凶なのだが、それを言い出すと、高校野球や社会人野球やその他のスポーツを主催・後援している他のマスメディアにも火の粉が及ぶ。

だからマスメディアに所属する人間は、弱い者イジメ(加藤コミッショナー批判)だけを口にして本質的問題には口をつぐむ……。だから弱い者イジメの連鎖が起こる(加藤コミッショナーは下田事務局長に怒りをぶつける)。

新たに設立される第三者委員会は、このあたりに、どこまで切り込めるのか? プロ野球の試合中に記者会見を開くという野球ファンとは思えない大愚行を犯してしまった加藤コミッショナーの勤務状況(今年は何回野球場に足を運び、週に何日プロ野球の仕事をしているのでしょうねえ?)や、新聞社出身のコミッショナー事務局員の役割……等々にも、第三者委員会は調査の手を伸ばしてほしいと思う。

スポーツ・ジャーナリズムさえ真っ当に機能していれば、第三者委員会など存在しなくても、問題は解決できるはず……とも思える。が、日本の野球界はマスメディアと完全に合体していて、スポーツ・ジャーナリズムがまったく機能していない。

だから近々、NOBORDER-SPORTSを創設することになったわけですが、NOBORDER-SPORTSの編集長として、プロ野球の第三者委員会の委員に立候補したいと思いますので、加藤コミッショナー! 小生(玉木)を委員に採用されるおつもりはないですか? もちろん、すべては渡邉恒雄氏が元凶などという推測は一端捨てて、虚心坦懐に調査に望むことを誓います。そして、スポーツとマスメディアの距離を正常な形にしたいと思いますが……如何でしょう?

【カメラータ・ディ・タマキ「ナンヤラカンヤラ」+DNBオリジナル】

※トップページフォト:Baseball (Wikimedia Commons /Author:Tage Olsinより)