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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(448) 車いすラグビー日本代表、パリパラリンピック出場権獲得!団体競技では日本勢第1号

車いすラグビーの日本代表は629日から72日まで東京体育館(渋谷区)で行われていた「三井不動産2023ワールド車いすラグビーアジア・オセアニアチャンピオンシップ(AOC)」で優勝し、来年のパリパラリンピックの出場権を獲得しました。日本の団体競技としては初めての出場決定となります。

 宿敵オーストラリアに快勝して優勝を決め、来年のパリパラリンピックへの切符をつかみとった車いすラグビー日本代表チーム (撮影: 吉村もと)

 AOCはパリパラリンピックの予選も兼ねた大会で、世界ランキング3位の日本は1次リーグを6戦全勝の1位で通過。72日に行われた決勝戦で、世界ランキング2位で昨年10月の世界選手権覇者、オーストラリアを55-44で破り、アジア・オセアニア地域に1枚配分された「パリへの切符」をつかみ取ったのです。

 勝ったチームにパリパラリンピックの出場権が与えられる「負けられない試合」で、日本は練習してきた成果を存分に発揮します。立ち上がりは少し堅さもうかがえましたが、第1ピリオドの終盤、4連続得点から流れをつかむと徐々に点差を広げ、前半を30-255点リードで折り返します。

 中学生時代にケビン・オアーHCに見いだされた橋本勝也選手(3.5)。闘志あふれるプレーで攻守にわたって成長を示した。「ケビンが退任しても、いままで教わったことをベースに、よりよい日本チームを作っていけるよう、選手一丸となって頑張っていきたいです」 (撮影: 吉村もと)

 後半も選手交代を繰り返しながら、「コート上の4人が常にフレッシュな状態」を維持し、堅守から攻撃につなげるハイレベルなパフォーマンスを継続。第3ピリオド終了時に41-33と点差を広げ、格上の世界王者に一度もリードを許すことなく、勝利まで突っ走りました。

 パリ出場決定後、池透暢キャプテンは会場を埋めた約5,000人やライブ配信で見守ったファンに向け、「心のこもった最高の応援に、本当に力をもらえました。僕たちはさらに強くなってパリでの金メダルを目指して進んで行きますので、応援をよろしくお願いします」と力強く挨拶しました。

 日本のパラリンピック出場は2004年アテネ大会から6大会連続6度目となります。2016年のリオで「初の銅メダル」を獲得すると、2021年の東京でも「悔しい銅メダル」に終わりました。パリ大会では悲願の金メダル獲得に、再び挑みます。


 ■偉大な指揮官に最高の恩返し

実は、この決勝戦は2017年から日本代表の指揮官だったケビン・オアーヘッドコーチ(HC)が率いる最後の試合でもありました。大会直前に突然、退任を表明したのです。AOC開幕直前に緊急記者会見が開かれ、オアーHC自身が退任の理由などを、時おり涙で声を詰まらせながら説明しました。

 オアーHC1968年生まれのアメリカ人で、アメリカ代表やカナダ代表のHCを歴任後、2017年に日本代表HCに就任。以来、約6年半の間、自宅がある米国アラバマ州と日本の往復を毎月のように繰り返してきました。退任の大きな理由は50歳を超え、車いすでの長時間移動やコロナ禍での隔離など心身への負担が募ったことだと言います。

 ただし、オアーHCが強調したのは日本代表コーチは夢のような経験であり、けしてネガティブなことだけが退任の理由ではないことです。選手たちは技術や戦術について教えたことをスポンジのように吸収し大きく成長。強化プログラムも世界最高であり、チームもどんどん進化し続けている今こそ、「指揮官の交代という変化」がまた新たな日本チームの力になるはずであり、退任するにはいいタイミングだと思ったのだそうです。

 2018年世界選手権で日本代表初の女性選手としてオアーHCに選抜された倉橋香衣選手(0.5F)。このAOCでも、ローポインターながら相手ハイポインターの動きを止めるミスマッチで、チームの危機を何度も救った。「ケビンと最後の試合で、最初から最後まで楽しく笑顔で試合を終えられたことが、すごくよかったです」 (撮影:吉村もと)

 オアーHCの退任の意向を5月中旬に聞いたという池キャプテンは、最初はショックが大きかったそうですが、その後、チームで話し合い、オアーHCの退任理由も理解したと言い、「このAOCで、ケビンに最高のラグビーを見せようじゃないか」とチームはまとまったそうです。そして、チームは悲願のパラリンピック金メダルへの挑戦権をつかみとりました。

 この日の表彰式では、「パリ切符」という最高の形で恩返しした選手一人ひとりの首に、オアーHC自身が優勝メダルをかけるという粋な演出もありました。オアーHCはまた、「(パラリンピックの)金メダルは獲れませんでしたが、金メダルを獲るチームを作ることはできました。これからは日本代表が成長した姿をテレビなどで見ることを楽しみにしています」と、チームに熱いエールを送りました。

 AOC優勝が決まり、スタッフと称え合うオアーHC(中央)。日本代表HCとして6年半、礼儀正しさや互いに尊重し合う人間性、美しい街並みなど日本文化にも親しんだ。「日本が私を変えてくれました」 (撮影:星野恭子)

 

■日本代表、岸新体制へ

 オアーHCを引き継ぐのは81日付で日本代表HCに就任予定の岸光太郎氏です。1998年に車いすラグビーをはじめた岸氏は、2022 年度まで日本代表強化指定選手として活躍。パラリンピックは2012 年ロンドン大会、2016 年リオ大会に出場し、リオ大会での初の銅メダル獲得にも貢献しています。同強化指定選手は2022 年度末に引退しましたが、現在もクラブチームAXE(アックス)で選手として活躍しています。

 岸氏は新HC就任について、「今までやってきたケビンのラグビーを大きく変えることはない。僕が長い間、ケビンとやってきて感じたのはラグビーを楽しむこと。何よりケビンが楽しんでいた。僕も選手以上に楽しめるチーム作りをしたい」と意気込みを語りました。

 オアーHCは、「岸さんが引き継いでくれることはとても嬉しい。日本人のHCが率いるチームがパリで金を獲ることは最高だと思う」と、「岸ジャパン」に期待を寄せました。

 エールを送り合うケビン・オアーHC(左)と、新HCに就任予定の岸光太郎氏 (撮影:星野恭子)

 

■画期的な観戦環境も提供

 日本代表の勝利に沸いたAOCですが、会場は4日間でのべ2万人が訪れ、久しぶりの声出し応援も解禁され、結果も相まって大いに盛り上がりました。

 この大会はもう一つ、「ファンサービス」にも力を入れた大会でした。オンコートでは楽しいMCからハーフタイムショーなど工夫が凝らされた演出が印象的でした。コート外でも車いすラグビーをはじめとするパラスポーツ体験ブースや応援グッズショップ、記念写真ブースから、ケータリングカーや生ビールの売り子さんなどまで、ファンを楽しませ、新たなファン層をも広げようと、さまざまなアイデアが詰まっていました。

 画期的な取り組みの一つが「手話通訳優先席」の設置です。日本戦4試合で2階スタンドに約30席分が用意され、手話通訳士1名(写真中央の赤いTシャツの方)が座席前に立ち、場内アナウンスの内容や競技解説を手話で通訳して伝えます。「障害の有無に関わらず、誰もがスポーツ大会を楽しめる環境づくり」を目標に、大会を主催した日本車いすラグビー連盟による初の取り組みでした。

 画期的な「手話通訳優先席」。手話通訳士の橋本一郎さん(中央の赤いTシャツの方)も視野に入りながら、試合観戦ができる位置に設置。毎回、大盛況だった (撮影:星野恭子)

 手話通訳を担当したのは、「日本一車いすラグビーをみている手話通訳士」を自称する橋本一郎さんです。本業は亜細亜大学の経営学部特任准教授で、障がい学生修学支援室の支援コーディネーターも務めています。

 周辺座席も含め、4試合でのべ200人ほどが手話通訳による実況解説付きの試合を楽しんだそうで、橋本さんによれば、ルールについての質問や「楽しい」「かっこいい」といった「会話」も飛び交う観客席だったそうです。橋本さん自身も楽しく大きな手応えを感じたそうで、「このように情報保障がつけば誰もが同時にスポーツ観戦が楽しめます」と話していました。

 例えば、ブラインドサッカーなどでも専用ラジオを使ったライブ中継を実施し、視覚障害者にも試合の様子を届ける取り組みが行われていますが、AOC大会はこうした「インクルーシブなスポーツ観戦環境」の新たな可能性を感じさせてくれた大会でもありました。

 (文:星野恭子)