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“法治”国家?“法匪“国家?

 ジュゴンが生息するサンゴ礁の海、沖縄の辺野古沖に埋め立て作業を強行する安倍政権は沖縄県の強い反対に、必要な法的手続きは済んでいるとして「法治国家」とか「法の支配」を口にする。

 

 しかし辺野古沖埋め立てに地元沖縄県の圧倒的な人たちが反対している以上、民主主義社会では政治判断で解決すべき問題であり、法手続きの問題では無い。

 

 “法の支配”とか“法的には問題ない”と人々の意志を無視するのは政治家というよりは、法を盾にするだけの単なる視野狭窄の官僚、「法匪」の支配でしかないだろう。

 「法の支配」は全ての人に平等に適用されるもので、狭い視野で自分達だけに都合のよいよう法律を運用することではない。

 

 まして安倍氏ら自身、閣議決定だけで憲法解釈を変えて集団的自衛権の容認に動き、憲法違反の疑いが強い特定秘密保護法を強行成立させている。この意味でも安倍氏らに「法治云々」する資格は無いだろう。

 

 「法匪」とは広い視野を持たず、悪戯に法を盾に使って自説を主張する者、などの意味だ。

 「法匪」という言葉を多くの日本人が知るのは1972年9月26日、北京での日中国交回復交渉の最中に中国側が、日本外務省条約局の故・高島益郎氏を「法匪」と名指しした事件で、だろう。

 高島氏は国交回復三原則を巡って日中間の議論が過熱した時、52年に台湾との間で結んだ日華平和条約を根拠に賠償問題は解決済み、などと日本側の自説を展開した。

 

 高島氏は条約局長として日本外務省の公式見解を強い姿勢で展開したのだろうが、これに中国側が立腹(故・周恩来総理が発したとの説もある)、高島氏を「法匪」と呼び、高島氏に国外退去命令が出された経緯だ。

 外務省などの記録では、この発言で一時交渉行き詰ったが故・田中総理の大局観と知恵で反論して切り抜け、高島氏の国外退去命令も取り消された。

 

 「匪」は犯罪や悪徳や、敵を罵倒する時に使われるようで、当時台湾の蒋介石総統は毛沢東ら中国共産党幹部を「共匪」と呼んでいたが、共産党幹部は蒋介石総統を「匪」扱いはしなかった。

 

 中国ジャーナリストで世界的に知られるD.ウィルソン(Dick Wilson)は、“周恩来総理は、中国古来の徳である優雅さ、礼儀正しさ、謙虚さを体現した高い知性(のある人格者)”で、権力志向の毛沢東とは別の種の人間だった、という。

 

 その周恩来総理、“8億の民を率いる中国共産党政府”が正当と自負“、日華条約を盾に台湾政府と同一視する高島氏の姿勢に“高島氏がいる限りまとまる話もまとまらない“と怒った。

 “日中国交回復交渉は高度な政治交渉であり、官僚が狭い視野で見解を云々する場合では無い”などと考えていた、と言われる。

 

 日中国交回復交渉は田中総理と周恩来総理とのやり取りを経て結局、次の日に再び進み出し、国交回復が実現する。

 その後の両国関係、特に通商貿易関係の発展が、日中双方だけでなく東アジア全体の経済成長に寄与したのは疑いの無い事実だ。

 

 この逸話は、「法的に解決済み」、とか「法的に問題ない」などの紋切り型の発想では解決できない問題に直面した際、いかなる政治判断が出来るかが、時の政治指導者の大局観や力量、見識に懸ってくるのを考えさせる。

 

 まして民主主義社会は文字通り、主権は人々にある。地元沖縄の圧倒的な県民が辺野古沖埋め立てに反対している今、安倍政権関係者は真摯に耳を傾け、人々の意志を尊重し、“普天間基地は少なくとも県外移転、辺野古沖の埋め立ては中止”、と明快にアメリカ側に通告するべきである。

 

 サンゴが群生し、ジュゴンが生息する辺野古沖の海が一旦破壊されたら、回復までに何年を要するのか。

 もし辺野古沖に海兵隊の飛行場建設を強行したら、一体の海の汚染は必至。将来長期に亘って日米同盟の“負の象徴”となり、安倍政権は“負の遺産”を日本人に残すことになる。

 安倍政権が法の支配…、を言うのであれば、安倍氏ら自身の名誉にかけて沖縄の人たちのことを考えるべきだろう。

 

(大貫康雄)

PHOTO by Julien Willem (Own work) [GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html) or CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons