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WBC3連覇ならず。日本プロ野球の未来は……(玉木 正之)

WBCを改革し、NPB(日本プロ野球)が、さらに「発展」するには……?

第3回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)は日本の3連覇ならず。とはいえ、メジャーリーガーは「元」のつく選手が一人だけ、という選手構成で、ベスト4までコマを進めたことは、大いに誉めるべきだろう。

日本の野球のレベルは、ケッコウ高いのだ。が、喜んでばかりはいられない。

ペナントレース開幕前の「世界大会」は、しょせんMLB(アメリカ・メジャーリーグ)のスカウト活動の一環(世界の選手の品評会)とも言われ、アメリカ本国での注目度は、はなはだ低い。

今大会でも、投手の前田健太を初め、注目を集めた何人かの選手をMLBが獲得できれば、優勝国がどこであれ、アメリカ(MLB)の目的は達成できたことになるのだろう。

ならば、日本のプロ野球の未来は、どうなる?

プロ野球の人気が凋落、低迷……といわれるようになって久しい。しかし、私は、その言葉を信じない。

テレビの視聴率だけを見れば、プロ野球は1980年代には常時20パーセントを超す「人気」を得ていた。それが21世紀に入ってゴールデン・タイムで10パーセントを切るようになり、今では地上波による全国ネットの実況中継もほとんどなくなり、BSやCSに舞台を移した。

とはいえ地域限定のプロ野球中継は、まだまだ地上波でも人気が高く、北海道のファイターズをはじめ、東北のイーグルス、中京地区のドラゴンズ、関西で圧倒的人気のタイガース、九州でのホークス……などの地元地上波テレビ局による放送は、10パーセント前後の安定した視聴率をキープしていると聞く。

そして何より観客動員数は、全国ネットのテレビ中継で圧倒的な視聴率を誇っていた80年代よりも、最近のほうが増加しているのだ。

1980年のセ・リーグの観客動員数は1試合平均約2万6500人。パ・リーグは約1万5000人。

当時は正式な数字ではなく、かなり水増しされた数字といわれている。が、それと較べても昨年の水増しされてない観客動員数のほうが、セは約2万7300人、パは約2万2200人と、最近の2年連続の観客減少にも関わらず、長期的に見れば、かなり増加しているのだ。

さらに長いスパンで見るなら、ON(王、長島)が大活躍し、ジャイアンツがV9(1965〜73年)に向けて爆走していた1970年でも、1試合平均はセが約1万7000人、パが7800人でしかない。

それ以前はさらに少ない数字で、セ・パともに1試合4000人台の観客動員で幕を開けた戦後の日本プロ野球は、今日まで約7倍増の右肩上がりの成長を続けてきたと言えるのだ。

にもかかわらず、プロ野球が、人気凋落・低迷と囁かれるのには、もちろん理由がある。

ひとつには、スポーツの人気が多様化し、プロ野球人気(注目度)が相対的に低下したように見えるからだろう。

テレビ中継が開始された昭和20年代後半(1953年)頃、日本で人気のあるスポーツといえば、野球と大相撲とプロレスくらいしかなかった。その後プロ・ボクシングも人気スポーツの一角に食い込んできたが、オフシーズンを除いてほぼ毎日、話題を提供してくれるスポーツはプロ野球しかなかった。

改めて述べるまでもなく、今ではサッカーのJリーグ、W杯や予選、男女のゴルフ、冬のフィギュアスケート……等々のスポーツに加え、メジャーリーグ(MLB)の野球、NBAのバスケットボール、欧州サッカー……なども気軽にBS放送等のテレビで楽しむことができる。

さらに2年に1度は夏と冬のオリンピックが交互に開催され……と、あらゆるスポーツの話題が、年間を通して継続するようになった。

そんななかで日本人の生活空間も変化し、かつては和室の茶の間でテレビを囲み、プロ野球中継を見ながら卓袱台で夕食をとっていた家族は、ダイニング・ルームのテーブルでバラバラに食事をすることが多くなり、家族がプロ野球を話題に会話することも(コアなファンを除いては)なくなった。

「日本を離れて七日セ・リーグの首位争いがひょいと気になる」という三十一文字を俵万智が『サラダ記念日』で発表したのは1987年。その頃までは、まだプロ野球(セ・リーグの巨人の順位?)が世の中の話題の中心に存在した。

が、その頃をピークに、スポーツ新聞の1面をプロ野球の話題が飾る回数が減り、テレビの視聴率は落ちはじめ、しかし観客動員数は逆に伸びて、今日に至っているのだ。

ということは、プロ野球人気の「凋落」「低迷」は視聴率の問題だけで、単なる「錯覚」と断言していいのだろうか?

私が、スポーツライターという肩書きを名乗り、文章を書き始めたのは、今から約35年前。1970年代半ばのことだった。

その頃の日本のプロ野球(NPB)は、セ・リーグが巨人・阪神・広島・中日・ヤクルト・大洋(現・DeNA)の6球団。パ・リーグが、阪急(現・オリックス)・近鉄(同)・南海(現・ソフトバンク)・ロッテ・日本ハム・太平洋(現・西武)の6球団。

球団の売買で親会社が変わったり、パ・リーグで新球団(楽天)が生まれたりしたが、セ・パ合計12球団という数は、今も昔も変わらない。

しかし同じ時期、海の向こうのMLBでは、かつてナショナル・リーグとアメリカン・リーグが東西2地区に各6球団、合計24球団だったのが、現在は、東・中・西地区に分かれた地域で合計30球団に増えている。

さらに遡れば、1950年にセ8球団、パ7球団の2リーグ制となったNPBは、その後、球団数を減らし、1958年以来ずっと12球団を維持している。一方、その間MLBは16球団から30球団に、球団数をほぼ倍増させているのだ。

発展するMLB、停滞するNPB……。

MLBの「発展」は「エクスパンション(拡張・拡大)」と呼ばれる戦略に基づくもので、それはベースボールというスポーツにおけるアメリカ合衆国という国の歴史の再現とも言える。

1876年、シカゴやセントルイス以東の8都市で生まれたナショナル・リーグは、1901年に生まれたアメリカン・リーグとともに、アメリカ大陸を西へ西へと球団を展開。

1958年にはニューヨーク・ジャイアンツがサンフランシスコへ、ブルックリン・ドジャースがロサンゼルスへ本拠地を移転し、アメリカの西部開拓史を再現するかのようにして、ベースボールのマーケットを広げた。

そして球団数を増やしながらカナダへも進出。中南米、ヨーロッパ、そして日本や韓国からも選手をスカウトし、2006年からはWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)という野球の国別世界一決定戦も開催するようになった(主催はMLBとMLB選手会)。

それに対してNPBは球団数も増えず、一流選手がMLBを目指すようにもなり、まるでMLBの下部組織のような存在となってしまった。

そうなると、いくら観客動員数は減っていない、長いスパンで見れば大きく増えていると言っても、またWBCで2大会連続優勝したと言っても、NPBはMLBに対する「マイナーリーグ(下部組織)」に過ぎず、じっさい「メジャーリーグ(上部組織)」へ選手を供給する組織として、その機能を果たすようになってきているのだ。

そのような「マイナーリーグ」には、基本的に「発展」など不必要で、たとえばNPBが日韓合同のプロ・リーグに「発展」するとか、日韓台中を巻き込んだアジア・リーグを形成するようになるとか、オーストラリアやニュージーランドも巻き込んでのアジア太平洋リーグに……などという「発展」は、MLBの戦略(世界へのエクスパンション)に対抗し、敵対する行為とも言えるだろう。

もっとも、MLBにとっては幸いなことに、NPBの各球団はMLBの各球団のような独立した経営体でなく、親会社に所有されている団体で、しかもプロ野球の誕生以来、読売新聞社を親会社とする読売ジャイアンツが中心となって指導的役割を果たしてきた。

つまりジャイアンツの親会社であるメディアの方針に従うなら、NPBは「日本語圏の地域」でそれなりの人気を維持できれば、それ以上に「発展」する必要などないのだ。

テレビ視聴率の低下は、マスメディア・グループとしては由々しき問題といえるだろうが、球団自体が黒字経営で、BSやCSを含む多チャンネル時代に一定の人気のあるコンテンツを保持できるとなると、さほど問題のあることとも言えない。そのうえMLBの世界戦略に従っていれば、4年に1度のWBCというビッグ・イベントも放送できたり、日本ラウンドを主催することができたりするのだ。

もっとも、かつては日本の野球界も「世界のベースボール界」をリードし、指導的役割を果たそうとした時期が2度あった。

一度目は、野球をオリンピックの正式競技にするべく動いたときで、そのときは日本のアマチュア野球界が中心となり、アジアやアフリカ諸国に野球用具をプレゼントするなどしてIOC(国際オリンピック委員会)に働きかけ、1992年のバルセロナ五輪から正式競技として採用させることに成功した。

しかしオリンピックにプロ化の波が押し寄せ、プロ野球選手もオリンピックに参加するようになったとき、マーケットを広げる必要のない読売ジャイアンツが、いち早く不参加を表明。結局2000年のシドニー五輪にはパ・リーグのプロ選手だけが参加した。

続くアテネ大会からは、日本の国内世論に押される形でジャイアンツの選手もセ・リーグの選手も五輪に参加するようになった。

が、世界最高のゲームを見せる大会であると同時に、スポーツにおける男女差別全廃の方針を打ち出したIOCは、MLBがメジャーリーガーの五輪出場を拒否し続け、野球とソフトボールという少々歪(いびつ)な「男女平等」を展開していたベースボール競技を、2008年の北京大会を最後にオリンピック種目から排除することに決定した。

その後アメリカでは五輪への復活を望む声もなく、日本でもそのような声が存在するのか否か判然としないまま今日に至っている。MLBと同様、NPBも本音ではシーズン途中に選手をオリンピックに「奪われる」のは望ましくないと思っているからだろう。

それに2010年からは、18歳以下(14歳以上)のユース・オリンピックも開幕。4年に1度とはいえスケジュールが夏の甲子園大会とバッティングするのは主催社である朝日新聞社も望まないはずだ。

そのため日本の2大マスコミとも、野球の五輪復活の世論が盛りあがることには、消極的にならざるを得ないと思われる。

アメリカと日本という二つの野球大国が望んでいないのだから、ベースボールのオリンピック復活はありえない。そしてベースボールの世界大会は、今後もWBCを中心に展開することになる。が、そのような世界大会を最初に企画したのは、じつは日本人だった。

日本アマチュア球界の首領と言われた故・山本英一郎氏は、世界野球連盟(IBAF)主催でアマチュア中心だったベースボール・ワールドカップを発展させ、MLBも巻き込んだ世界大会として「スーパー・ワールドカップ」の開催を企図した。

それに対してMLBも一時は賛意を示し、第1回大会を2003年にアメリカで、第2回大会を2007年に日本で、それぞれ開催することまで日米間でほぼ合意に達した。が、2001年に発生した「9・11同時多発テロ事件」によって計画は頓挫。

そして2005年7月になって、突然MLBが、現在のWBCの開催を発表したのだった。

それに対して、当時存命だった山本英一郎氏は反発。NPBの選手会もペナントレース前の3月開催に強く反対し、参加拒否を表明。

NPBもMLBに対して参加を見合わせる通知を送った。が、MLBはその正式発表を1か月遅らせるよう要請。その間に読売新聞社の渡邉恒雄社主に接触し、アジア・ラウンドを読売新聞社が主催することなどで合意。NPBもWBCへの参加に転じたのだった。

今年の第3回WBCでも、NPB選手会は収入の分配比率の改訂などをMLB側に申し入れ、要求が通らないときは不参加も辞さない構えを示した(12年7月)。が、結局はアジア・ラウンド主催社の読売新聞社の収入をNPB選手会へ移譲することで合意。

MLBとMLB選手会はWBCの主導権を握り続けたまま、第3回大会の開催と日本の参加を実現させたのだった(12年9月)。

そんなWBCとは、MLBの世界戦略の一環として、世界のベースボール界で優秀な選手を一堂に集め、MLBに相応しい選手をスカウトすることを第一の目的にした大会にほかならない。

だからアメリカという国がWBC(春のクラシック)で優勝することは、MLBにとってもMLBの選手にとっても、またアメリカのベースボール・ファンにとっても、あまり重要なことではなく、「夏のクラシック」であるMLBのオールスター戦や、「秋のクラシック」であるワールド・シリーズのほうが重要なのだ。

そうなると、NPBは今後もMLBを頂点とする世界の野球組織の下部組織(選手供給組織)として存在し続けるほかないのか……、あるいは先に書いたように、アジア太平洋地域を巻き込んでの大きな組織に「発展」したほうがいいのか……。

どちらが望ましい未来であるかはさておき、どちらの場合もプロ野球ファンは各地域の地元球団に声援を送ることになり、かつてのV9巨人のように全国区の人気を誇り、その結果全国ネットのテレビ視聴率が20パーセントを超す、というような状況が再び訪れることだけはありないだろう。

しかし、そんなことよりもまず、現在のNPBの組織が、かなり歪んだ状態にあることをきちんと認識し、それを糺す方向に向かわなければならないのではないだろうか。

最近、大阪桜宮高校バスケットボールでの「体罰」事件をきっかけに、女子柔道の五輪候補選手への「体罰」やパワーハラスメント、全国柔道連盟(全柔連)の組織に女性の理事が一人も存在しないことなどが大きな問題としてクローズアップされるようになった。

そして他のスポーツ団体も、これをきっかけに改革の波が押し寄せようとしている。もちろん日本の野球にとっても、それは関係のない問題とは言えない。

高校野球や大学野球、そしてプロ野球でも、練習時に「体罰」もしくは「暴力」と呼ぶほかない「指導」が行われていたのを、私自身も何度か目にしたことがある。

しかも(私自身が告発できなかったのは恥ずべきことだが)、高校野球大会の主催社やプロ野球の球団所有社である朝日や毎日や読売の記者たちも、そのような「暴力」を見て見ぬふりをすることがあった。

現在、野球はオリンピック競技ではないため、JOC(日本オリンピック委員会)による調査は行われなかったが、野球界もプロ・アマを問わず、これを機会に野球からの徹底した「暴力追放」と取り組むべきだろう。

さらに「女性問題」を考えるなら、日本の野球界はスポーツ組織として最も遅れている組織とも言える。

最近は女子のプロ野球組織も生まれ、日本の女子野球はワールドカップ3連覇(08,10,12年)も果たした。また全国高等学校女子硬式野球連盟も発足した。

が、男子のプロ野球や高野連(全国高等学校野球連盟)が、女子の活動を支援するとか、同じ組織に……といった意見は、寡聞にして聞かない。さらに高校野球や大学野球では「女子マネージャー」が存在し、男子選手の「世話をする」という女性差別的状況(オリンピックなら、当然告発されるであろう事態)が存在することにも、何の疑問の声も出ない。

諸問題が噴出した柔道界でも女子柔道は男子柔道と同じ組織に所属し、視覚障害者柔道といった身障者スポーツに対する協力態勢も存在する。それがスポーツの常識だ。

そのことを考えるなら日本の野球組織は(アメリカのMLB組織も)男子だけで、プロとアマの組織もバラバラで、身障者野球に対する接点も公式にはなく、「スポーツ団体」と呼ぶにはかなり特異な組織と言えるのだ。

もちろん、そのような現状は、仕方のない面もある。

明治時代の文明開化で欧米のあらゆるスポーツが伝播して以来、あっという間に野球は日本で一番の人気スポーツとなった。(その理由の考察は、ここでは割愛するが)それだけに、高校、大学、社会人、プロ……等々さまざまな野球組織が次々と乱立した。

第二次大戦の敗戦後も野球人気はいち早く回復し、長嶋茂雄というテレビ画面にぴったりの派手なアクションのスーパースターの活躍とともに、プロ野球人気は大きく「発展」し、他のアマチュア野球を圧倒して頂点に達した。

その一方で、野球はアメリカ中心でヨーロッパでは人気がなく、イスラム圏やアフリカではほとんどプレイされていない球技だったこともあり、スポーツとしての世界基準——IOCの提唱する男女平等、障害者の参加……等々の考えが育たなかった。

しかも日本では、テレビ局とも深い関係のある大新聞社が野球人気に飛びつき、大会を主催したり、球団を所有するようにもなったため、スポーツ・ジャーナリズムが機能しなくなってしまった。

野球界はどのような組織であるべきか……、MLBやWBCとNPBの関係はどうあるべきか……等々の意見を、利害を離れてマスメディアによって打ち出すことが、きわめて困難になってしまったのだ。

将来の日本野球、未来のプロ野球はどうあるべきか?

それをきちんと考え、未来の日本野球のあるべき姿を正しく論じるためには、まず何よりもマスメディアが、球団の所有や大会の主催を放棄する必要があるだろう。

そしてメディアはスポーツ・ジャーナリズムに徹し、あらゆる野球組織を統合した新たなスポーツ(野球)組織のあり方を主張し、その誕生を促すべきだろう。

さらに、MLBに対しても、WBCの本来のあり方を主張するなかで、日本野球の「真の発展」と「真の未来像」も描くことができるようになるはずだ。

が、しかし……、もちろん日本の野球は「発展」する必要などない(アメリカの下部組織で十分)、と(読売や朝日や毎日が)主張するのであれば、そんな改革など必要ないのだが……。

【TBS『調査情報』2013年3-4月号+NLオリジナル】

写真提供:フォート・キシモト