ノーボーダー・ニューズ/記事サムネイル

東日本大震災から2年 悲しい被災地の現実(今西 憲之)

まいど、いまにしです。

昨日、3月11日、東日本大震災から2年が経過しました。 福島に取材にと思ったのですが、講演やロフトプラスワンにイベント、 そして、週刊朝日の「西村ファイル」の締め切りが重なり、断念。 週刊朝日編集部から黙とうをささげました。

3・11を前に、被災地で親しくなった方々からたくさん 手紙やメールをちょうだいしました。 福島の原発事故で避難を余儀なくされた夫婦は 九州に移住されました。しかし、そこでは苦難の日々 ですわと嘆いておられます。 「最初は歓迎されましたが、時間が経過すると、 『まだ、いるのか』『原発は収束と政府が言っている』と とても怪訝な顔をされます」 「賠償金、たくさんもらっているのだろう。いいな。 そんな嫌味を言われるのは日常茶飯事です」 「いつまで、福島、福島っていうんだとの声も 聞こえます。しかし、帰りたくとも、帰れない。 どうすればいいのでしょうか」 そう書かれてありました。

原発事故のせいで一家離散、離婚、大ゲンカなど 大きなキズを負った家族がとてもたくさんある。 文句を言っていく先は、TEPCO。 それを補うには、もう金銭的に賠償を得るしかない。 だが、TEPCOの言いなりにすると、異常に低い 賠償金額となってしまう。 文句を言うと「裁判しろ」とTEPCO。

法廷闘争に持ち込むと、避難者にも立証義務が生じる。 とても大変でつらい作業が待ち受けている。 また、田舎の福島でTEPCOのような大企業相手に 正面から戦っていくれる弁護士は決して多くない。 そうするうちに疲れ果て、折れるしかない。 TEPCOはそこまで見越して、低い賠償、嫌なら裁判という 方式をとっているように思えてならへん。

ほんまに、どうしょうもないやつらやと、 原発事故から2年。 改めて痛感するわ。

【ブログ「商売繁盛で笹もってこい!」より】