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あまりにヒドイ 原子力規制庁の情報公開(木野龍逸)

旧原子力安全委員会が3月11日以降に出した助言等について公開したリスト

 独立系インターネットメディアのNPO「アワープラネットTV」が原子力規制庁の職員の出身母体を確認しようとして、職員名簿の情報開示を請求したところ、規制庁は「不開示決定」を送ってきた。理由は、名簿が存在しないというものだった。けれどもアワープラネットTVは、独自ルートで職員名簿を入手していてた。この一件から、規制庁の情報開示基準の珍妙さが浮き彫りになった。

 

存在しているのに不存在?〜原子力規制委が情報隠し(OurPlanet-TV)

http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1464

規制庁は発足時から、透明性確保をはかり、情報の開示についても前向きに取り組むこと、文書類は積極的にHPに掲載していくということを明言していた。ところが現実には、そうなっていないことが多い。今回の不開示決定のように、文書があるにもかかわらず作成していないという理由で不開示決定を出すというのは、情報公開法の主旨からいえばあってはならないことだろう。

情報公開の基本は、出せないもの以外は出すことだ。開示請求時に、開示請求者が文書名を知っていて確実に特定できればいいが、どんな文書があるのか市民にはわからない。けれども開示請求を受けた側は、人にもよるのだろうが、文書が特定できないと探すのに手間がかかったり、請求内容と違う文書を出してしまったりするおそれもあるため、請求者と直接にやりとりしながら、目的の文書を特定していくという作業をする。

だから規制庁の職員名簿も、文書の名称が違うとか、内容が少し請求と違うというようなことがあっても、請求者の要求に適う可能性のある文書があれば確認して出すのが筋。もし名称が違っていれば、訂正するだけでいい。行政府の担当者が請求内容に少しずつ手を入れるというのは珍しくない。

しかし規制庁は、職員名簿を作成していないという理由で不開示にした。どうも理解しがたい行為だ。

規制庁の情報公開姿勢についていえば、疑問に思っていたことが他にもある。旧原子力安全・保安院のアーカイブ(原子力規制委員会HPの中にある)に、過去に開示請求のあった文書が掲載されているのだが、この掲載基準がよくわからないのだ。ページには、だーっと大量の文書が並んでいるからなんとなく情報開示が進んでいるように見えるが、出ていてもいいはずのものがなかったり、保安院時代から掲載をするといっていたにもかかわらず出ていないものがある。一言で言えば、中途半端な内容になっている。

行政文書開示請求を受けた文書の公開について(保安院のアーカイブ)

http://www.nsr.go.jp/archive/nisa/disclosure/kaijiseikyu/kaijiseikyu.html

公開している文書について規制庁担当者は、「情報開示決定が出て請求者が受け取った文書を公開している」と説明。請求者が受け取るというのは、情報開示が実行されたことを意味する。それを出しているという。

けれどもこれは、単に保安院のHP掲載基準を踏襲しているだけだ。規制庁発足時に目標としていたのは、保安院レベルの情報公開だったのだろうか。

保安院は最後の時期、今の規制庁と同じ説明をして、開示が実行された文書をHPに掲載し始めていた。それが前述のアーカイブになっていった。ただ個人的にこの方法には不満があったので何度か文句を言ったことがある。福島第一原発の事故に関する文書は、開示請求時の金額が大きくなってしまうため、開示を実施できず、結果としてHPにも公開されないケースが出てきてしまうからだ。

福島第一原発は、事故直後からこれまでに行政府が出した通知やら指示やらが膨大な量になっている。だから度重なる会議の資料を請求すると、数百枚になることがざらにある。多いときは数千枚になる。ひらたくいえば、それだけ公開していない文書が多いということになる。

ところが公開されていない文書でも、例えば福島第一原発の事故収束作業に関するものは、比較的早く公開されることがある。だったら最初から出してくれればいいのだが、それはしない。

問題なのは、とにかくカネがかかることだ。請求にかかるのは1枚10円が基本なので、1回の請求で数千円から、場合によっては万単位の費用が発生することがある。さすがにこうなると、大手メディアはともかく、フリーランスや独立系メディア、NGOが請求するのが難しいケースが出てくる。

これを突き詰めると、福島第一原発の事故に関する情報開示請求は、金持ちだけが可能ということになってしまう。さらにいえば、HPに掲載される開示決定文書はお金のある人達が請求した文書だけということになりかねない。世界的な関心事である原発事故の情報公開が、そんな状態でいいのだろうかというのは、当然に出てくる疑問ではないか。

旧原子力安全委員会は、今年に入った頃だったか、春頃だったか記憶が曖昧になってしまったが、情報開示請求があると、開示決定が出た段階で請求者が了承すれば、HPに掲載するようになった。場合によっては、多分に自分たちを守るためという意味合いもあったが(文科省とのやりとりには、安全委の責任を回避できそうな文書が含まれている)、開示請求されてない文書までボンボンだしていた。最終的には、分厚いキングファイル十数冊分の文書を公開したのではないか。

事故進展状況、応急対策の実施状況等の把握及び現地及び関係省庁における対応状況に係る記録に関する資料について

http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/jikeiretsu_siryo.html

原子力安全委員会において平成23年3月11日以降に行った助言等の活動について

http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/ad/advice.html

行政文書開示請求を受けてホームページに掲載した文書について

http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/info/kaijibunsyo.html

公開された文書は、人によっては安全委に都合のいいものを出していると皮肉ることもあったが、少なくとも僕は助かったことが何度かある。都合のいい文書だけを公開している場合、状況をミスリードすることになるが、それは情報を利用する過程で確認すればいい。少なくとも調査のとっかかりにはなる。保安院や規制庁のように開示実施したものだけを出すという姿勢より、よほど評価できる。

なによりも、開示決定の段階でHPに公開されると、カネがかからない。請求者によっては特ダネのネタになることもあるから、すべてが公開されるわけではないだろう。しかしこの方法を採ると、請求者が金銭面で躊躇することはなくなる。

それだけではない。請求を受けた側にとってもメリットがある。福島第一原発事故のように関心の高い重大事だと、同じような種類の開示請求が複数箇所から出てくることがある。まったく同じ内容かどうかは文書を確認しないとわからないし、少しずつ内容が違っていたりすると、行政側担当者は個別にあわせて文書を揃えないといけない。しかし文書をHPに公開すれば、後から請求する人たちはHPに掲載されているもの以外を請求するようになるので、担当者は重複する作業を省くことができる。現に、HPで公開したほうが手間が省けるという担当者は少なくないのである。

しかし規制庁は、前述したように開示を実施した文書のみ、HPに公開するとしている。理由について、森本次長や担当者たちは、請求時の費用を無料にすると無闇に大量の文書を請求される可能性があるため、過大な負担がかかる。それを避けるため、費用を払ってもらって開示を実施したあとにHPに掲載することにしている、と説明する。

しかしこの説明は合理的ではない。そもそも開示決定後に、費用が高額になることがわかって受け取りにいかないケース、つまり開示を実施しないことが頻発すれば、結局は同じことになるからだ。この場合、HPにも掲載しなければ、すべての作業が無意味になってしまう。HPに公開したほうが、まだ達成感があるのではないだろうか。

また旧保安院時代に広報担当者は、安全委の基準でHPに公開しない理由について、規則でそうなっていると説明していた。安全委の公開方法は特殊で、あの方法ができるのは独立性が高いからである、各省庁は請求後に費用を払って文書を受け取るという規則なので保安院だけが特別なことをするわけにはいかない、というものだ。実は規制庁でも、HPの公開基準については、保安院と同じような説明をしている。安全委の公開方法は、法律的に疑問という担当者もいた。

しかしこの説明は、現状を理解していない人達の言い訳ではないだろうか。

福島第一原発は、世界史に残る大事故なのだ。しかも事故はまったく収束していない。今は国家存亡の危機といっていい。このような状況の中で、他の省庁と同じ規則、横並びの開示方法を継続していくというのは、私には理解しがたい。開示請求の乱発を抑えるために費用を徴収するという考え方にいたっては、想像の埒外にある。事故の重大性を認識していないのではないかとも思えてしまう。

さらにひとつ付け加えれば、保安院時代からHPに公開すると言い続けて、いまだに公開されていない文書もある。たとえば記者会見の議事録が、HPに公開されていない。保安院の記者会見は、発言者の名前まで入ったメモ、議事録が存在する。今年4月に共同通信が情報開示請求で入手し、記事にしている。

保安院、記者会見録は詳細 議事録未作成なのに(4月21日 共同通信)

http://www.47news.jp/CN/201204/CN2012042101001462.html

この記事が出て以降、保安院は議事録をHPに公開する準備をしていると、会見で説明してきた。しかし半年が経っても公開されていない。保安院は公開が遅れているのは発言者の確認をとっているためで、正確を期す作業をしていると釈明していた。しかし保安院の現場担当者達からは、確認はかなり前に済んでいるはずで、なぜ時間がかかっているのかわからないという声も出ていた。

その後規制庁が発足し、保安院時代の担当者達の発言はリセットされたのだろうか。記者会見の議事録は、いまだに公開されていない。

事故直後から求められているのは、世界の英知を集めることだったはずだ。そのような時に、情報開示請求が頻発するのを避けるために費用を徴収する、あるいはHPに掲載するのは開示が実施されてからにするなどというのは、何か道を誤っていないだろうか。

現在の規制庁の姿勢は、単に情報公開をしない理由を探しているだけのようにも見えてしまう。規制庁発足時に高らかにうたっていた透明性確保の目標は、残念なことに果たされていない。

東電の下河邊会長は、テレビ会議映像について歴史的資料として公的アーカイブに寄託する考えはない、公共財とは考えていないと、月刊FACTAのインタビューで明言している。このままでは歴史的資料が闇に葬られる可能性がある。

「人材流出」食い止め3年後の青写真を示す(FACTA ONLINE 2012年9月号)

http://facta.co.jp/article/201209002.html

本来、こうした被規制者の資料は規制側の権限で収集できていいはずだが、明確な規則がないため、保安院は常に二の足を踏んでいた。事故時の対応をチェックするためには不可欠なはずの運転手順書さえ、保安院は積極的に徴収しようとしなかった。

米原子力規制委員会(NRC)が関係文書をすべて出させることができるのと比べると、情報公開に関する彼我の差は余りに大きい。事故時に米国では、電力会社→NRC→情報開示で市民という情報の流れができる。市民はNRCを通じて、事業者が民間企業であろうと、情報を入手することができるのだ。

原点で規制庁が東電、あるいは電事連の文書を押収するつもりはない、権限もないというのなら、せめて自分たちの文書くらいは積極的に出してほしい。規制庁には、そのくらいの義務はあるはずだ。それをせずに情報公開に取り組んでいるというのは、あまりに情報公開を軽視した発言ではないかと思えてならない。

規制庁は一刻も早く、できるだけ広く情報を出し、福島第一原発事故の様子や原子力規制の現状について詳しく市民に伝えるべきではないか。それが避難者への最低の義務だし、日本だけでなく世界に対する説明責任を果たすことにつながるのではないだろうか。

 【ブログ「キノリュウが行く」より】