ペナルティを物ともせず、今季初勝利を挙げたハミルトン。なるほどF1は、“ヒューマンスポーツ”だ!!(今宮純)
真夏のハンガリーGP(7月28日決勝)は「ルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)祭り」だった――。
ホット・コンディションをものともせず、3戦連続PP(ポールポジション)から長い70周レースを完ぺきに走破したハミルトン。タイヤ・マネージメントに苦しんできたメルセデスの“失速症状”を克服する、まさに快勝。これでミハエル・シューマッハ(2012年シーズン終了後、ハミルトンにシートを譲り、引退)と並ぶハンガロリンク(サーキット)で歴代最多の4勝目、「新ハンガロキング・ハミルトン」誕生だ!
まずこのレースからニューバージョンに変わったピレリ・タイヤについて触れておこう。
変更点を分かりやすくいえば、内部構造(ケブラー・アラミド・ベルト、サイド剛性、ショルダー形状)を2012年のデザインに戻し、トレッド・コンパウンド部分はそのまま残した“旧&新ハイブリッド”で、ハンガリーGPにはソフトとミディアムの2種が持ち込まれた。
しかし、当初(6月13日)の発表は「ミディアムとハードを投入する」というもの。これには、僕も天地がひっくり返るくらいびっくりした! なぜなら過去のレースで、このコースに、このような“硬い”スペックのタイヤが持ち込まれた例はなく、ミシュランでもブリヂストンでも、ずっとモナコGP・ベースのスーパーソフトを常に配備していたからだ。
いったいその選択根拠は何なのか? ピレリの発表を聞いて、僕は「何かの間違いではないか?」とさえ思った。
これにはすぐにロータス・チームが反論を行い、さらにその後はご存じのように“イギリスGPで“タイヤ破裂シンドローム”が発生。結局、すったもんだの末に新タイヤのソフトとミディアムに変更された。このタイヤの組み合わせはレースでは今年3度目、中国GPやドイツGPと同じで、いずれもハミルトンがソフトタイヤでPPを獲得している。
相次いでスペック変更するピレリ、実はこれが今季4度目だった。公式発表されたほかにも中身が修正されたこともあり、チーム側はその供給体制に不信感を抱いていた。しかしピレリが公式サプライヤーである以上、チーム側が表だって彼らを批判することはできない。現場スタッフは、与えられたタイヤでレースをするしかないのだ。そのために、懸命に知恵を絞り、使いこなす努力を払ってきた。
たとえばリアタイヤを左右逆装着する方法や、低内圧調整、ホイールアライメント・キャンバー角設定などのほか、排気流(高熱)応用のエアロ・チューンも含め、「タイヤ様様(さまさま)」でご機嫌をとりながら、少しでもタイヤパフォーマンスを上げるために、各チームは苦心しながら対応してきたのである。
そうしたチーム側の努力、工夫、独自のアイデアなどが、この第10戦ハンガリーGPから“旧&新ハイブリッド”バージョンに変わったために、すべてがやり直しになってしまった。その犠牲者の最たる例が中間チームのフォース・インディアだ。彼らはシーズン序盤から蓄積してきた総合セットアップの方向を、急に転換できるほどの“リソース”がなく、予選からタイヤパフォーマンスに苦しんだ挙句、レースでは2台ともに完走もできずリタイアに終わってしまった。
優勝したメルセデスも、万全の態勢でハンガロリンクに臨んだわけではなかった。ハンガリーGPに先立つ7月中旬、F1ではシルバーストーン・サーキットで三日間に渡る若手ドライバーテストが実施された。若手ドライバーとはいえ“ハンガリーGP用試作タイヤ”が使用できるテストに、メルセデスは参加できなかったのである。
不参加の理由は、前回の原稿でも触れたが、第8戦のイギリスGP(6月30日決勝)の直前に、2013年マシンを使用してピレリとタイヤテストを行ったことが発覚し、 FIA(国際自動車連盟)から戒告とシルバーストーンでのテスト参加禁止の処分が下されたためである。
このテスト不参加の打撃は大きい。タイヤゲート事件の影響で「メルセデスが大きなハンデを抱えた」との報道で、この時期は一色になったが、実は僕はテストに参加する若手ドライバーの顔ぶれを見て「メルセデスが大きなハンデを背負い、他チームが大きなアドバンテージを得る」というところまで差がつかないのではないかと思った。
というのもシーズン中、経験のあるレギュラー・ドライバーでさえ、ピレリ・タイヤの特徴を掴みきれたとはいえないなかでの、マシンのアップデート開発・対策も同時に進行しなければいけないこの時期のテスト。果たして若手ドライバーにその任が務まるかどうか、懐疑的な見方をしていたからだ。
案の定、上位チームでは現在、ポイントランキング・トップのセバスチャン・ベッテル(レッドブル)が、テスト3日目の最終日午後、テストを担当する意欲的な姿勢を見せたが、本来、レギュラー・ドライバーのシートを目指す若手にドライブのチャンスを与え、その能力を測るオーディション的な意味合いの強いテストだけに、多くの若手ドライバーは登板チャンスばかりに目が行き、従来のタイヤとハンガリーGP以降投入されるニューバージョンとの特性の違いを詳細にチームにフィードバックするところまでいかず、どのチームもタイヤ問題に関しては消化不良のままハンガリーGPを迎える事態になったのである。
その一方で、テスト不参加メルセデスには、ピレリからシルバーストーン・テストでの一般傾向が“客観データ”として、ある程度情報開示された。この結果、タイヤを使いこなす方法において前半戦はライバルよりも遅れていたメルセデスだが、そのハンデがシルバーストーン・テストでいったんリセットされたこともあり、その意味ではマイナスではなく“相対プラス”という状態でハンガリーGPを迎えることができたのである。
テスト不参加の間、メルセデスは何をしていたか? 実は今季のマシン「W04」の見直しを図り、特にリアのダイナミック・ダウンフォース向上に成功していた。
だからハンガリーGPでは、空力面でマシンバランスがまとまった土曜日から、ハミルトンの走りは一変した。
彼のドライビング・スタイルは、フロントがシャープ&クイックに反応するのを前提にコーナーに進入、そこから強いアクセルオンで抜け、リアをぎりぎりにコントロールしながら脱出するというもの。前半戦この走りがなかなかできなかった。序盤の「W04」は、チームメートのニコ・ロズベルグは乗りこなせても、具体的にはブレーキングが課題となり、ハミルトンにはフィットしなかったのだ。2007年のデビューから彼を見続けてきたが、「ハミルトンがこんなに遅い」と感じたのは初めてのこと。減速姿勢が崩れたまま、コーナリングの流れはぎくしゃく……。
それがハンガリーGPの土曜日からシャキッとなった。彼のドライビングに「W04」とピレリのニューバージョンタイヤがマッチングし、ぴったりシンクロしたからだ。
あの予選PPのアタック・ラップにはライバルのベッテルも驚き、当の本人も「ポールは信じられない!」と当惑してみせた。チームのエンジニアたちも、データを超えたハミルトンのドライバー力を再認識した。
今のF1にもこういうリアルなヒューマンスポーツの魅力があることを、ここで指摘しておきたい――。
さてこれで今季はシリーズ全19戦のうち10戦が終了、ハンガリーGPの後は2005年から導入されたF1の夏休み期間に入る。次戦の第11戦ベルギーGP(8月25日決勝)まで、各チームは必ず2週間の休みを取らねばならないのだ。
これは厳重に守られる。この間はスタッフもファクトリーに立ち入りことができない。すべての情報ネットワークもシャットダウンされる。日夜、マシンをより速く、より確実に、より信頼性を向上させるべく、知恵を絞り、寝る間も惜しんで働くスタッフの作業は強制的にストップとなるのである。
日本ではお盆休み、ヨーロッパではバカンスに当たる、この2週間の「スピード禁欲生活」は、家族にとっては「久しぶりにパパがいる日曜日……」となるが、このように強制的な休養をルール化するほど、F1というスポーツは日進月歩の世界なのである――。