ノーボーダー・ニューズ/記事サムネイル

オバマ大統領の一般教書演説で日本が注目する北朝鮮問題は……(大貫 康雄)

アメリカ大統領が年の初めに議会で行う「一般教書演説」(State of the Union Address:合衆国の現状に関する演説)。今年はオバマ大統領(再任)の就任式があったため2月にずれこんだ。

アメリカのメディアは解説者つきで完全中継し、今年も大きく伝えた。一般教書演説はアメリカの三権分立と民主主義の基本的なあり方を示し、アメリカの抱える問題が凝縮して提示される機会になっている。

日本のマスコミは、前日に核実験を実施した北朝鮮への政策に焦点を当てて報道したのが目立ったが、オバマ大統領は外交面では北朝鮮、イラン、イスラエル、中東などの問題を挙げるにとどまった。大半の時間は経済問題など山積する国内問題に費やされた。

●銃犯罪と銃規制

●女性の権利向上

●最低賃金引き上げ

●富裕層増税

●職・雇用の創出

●中産階級支援

●教育の充実

●選挙制度の民主化

●移民問題

国内問題について経済復興とも重ねながら所信を述べた。オバマ政権二期目の目指す目標は“アメリカ経済の力強さを取り戻す”。そのために公平な社会の確立が必要なことを訴えている。

年間3万人以上が銃の犠牲になっていながら銃による犯罪は一向に減らない。銃規制の問題はアメリカが解決できない最大の懸案であることがわかる。

今年はコネチカット州の小学校で男に襲撃され犠牲になった子どもたちの遺族や、体に何発も銃弾を浴びながら人々を守った警察官、公園のベンチに座っていたところを銃撃され死亡した女子高校生の両親らが招かれた。

オバマ大統領はこれら遺族の悲劇をひとつひとつ挙げては、攻撃用兵器の禁止や犯罪者への銃販売禁止の法制定を繰り返し訴えた。オバマ大統領の演説に犠牲者の遺族が涙する姿がテレビで全米に流され、国民の関心を高める効果は十分にあったようだ。

(一般教書演説会場の上下両院合同会議は、以前は与党と野党の議員たちが両側に分かれて座っていた。しかし直前の選挙戦で時のガブリエル・ギフォーズ議員が暗殺者に狙われ重傷を負う事件が起き2011年以来、与野党議員が一緒に座るようになっている。そのギフォーズ元議員も夫と共に招かれていた。この他、オバマ大統領が掲げる重要課題に関して何人もの市民が招かれている。一般客の招待は、82年に旅客機の墜落事故で氷結した川に飛びん込んで乗客を救ったレニー・スカトニクさんがレーガン大統領の演説に招かれて以来、慣例になった)

オバマ大統領の演説は社会的公平と差別や格差撤廃の問題を力強い経済復興と結びつけていたのが印象深い。

最低賃金の引き上げ、女性の賃金・報酬の引き上げ、中産階級支援などが国内経済の活性化に不可欠なものであること。(高等)教育の充実、教育負担の軽減、移民制度の改善も職の創出と共に経済に寄与することなど、多角的な観点から述べていた。

また目を引いたのは選挙で投票する権利を保障する制度の充実を訴えたことだ(日本では先の総選挙で各地の選挙委員会が有権者に事前に知らせることなく投票終了時間を切り上げ、投票できなかった有権者が出る事例が起きている)。

アメリカでは特定党派に都合のよい選挙区割りや有権者登録制度、投票日時の制限など投票の権利・自由を制限する問題が各地で頻発した。オバマ大統領は102歳で何時間も待ちながら大統領選挙に投票した女性を招き、“投票の権利は民主主義の根幹”であると述べ、新しい法制度の整備を訴えた。

大統領は一般的に、再選直後が最も野心的になれる時期と言われる。一期目は右傾化激しい野党共和党の確信的ともいえる反オバマの姿勢で政権運営に影響が出ていた。その中でオバマ大統領は、過去に何代もの大統領が試みて失敗した公的医療保険制度の導入を実現した。連邦政府の債務問題や財政運営に関する共和党の頑なな態度にも妥協しない強い姿勢を維持している。

1947年のトルーマン大統領以来、テレビで全国放送される「一般教書演説」の効果をオバマ大統領は最大限に使い、政権が挙げる課題に国民の理解と支持を得るのに成功したようだ。

「一般教書演説」は三権分立の制度の下、行政府の長・大統領がおりに触れて立法府・議会に国の現状と政権の課題を説明し、議会に協力を求めることが憲法で定められている。

初代ワシントン大統領は議会で演説をしたが、ジェファーソン大統領後、大統領は書簡を議会に送って、国の現状と課題を述べていた。大統領が両院の合同会議で演説するようになったのは、1913年のウッドロー・ウイルソン大統領からだ。

しかし大統領は立法府の一員ではなく、議会に何の権限も持たない。議会の解散権もなければ、法案提出権限もない。予算案提出権もない

情報化時代に入って大統領の指導力、影響力が強まっているが、政策遂行に法律が必要な場合、大統領は与党の有力議員に法案提出を要請するしかない(逆に、大統領には議会が可決した法案への署名拒否や遅延の権利、大統領令での行政立法権、戒厳令などの非常権限がある)。

アメリカの三権分立は日本に比べて遥かに徹底していて、議員一人ひとりの権限は強い

大統領の議会演説の主催者は議会であり、議会が大統領を招き、行政執行の現状と課題について説明する機会を与える。合同会議では大統領の後ろに上下両院の議長(上院議長は副大統領が務める)が座るが、下院議長が議会を代表し主導する。

また9人の最高裁判事、国務長官をはじめ政権の大半の閣僚、統合参謀本部議長ら軍の首脳らアメリカの最高首脳たちが一堂に揃う重要行事で当然、メディア(国民)の関心は高くなり、報道に力が入る。

97年のクリントン大統領の時からはインターネット中継も始まり、大統領にとって情報化時代に充分な時間を使って三権の最高首脳が見守る中で直接国民に訴えることができる貴重な機会となる。

そのため「一般教書演説」は大統領が言葉の限りを尽くして文案を練り、現実の情勢を示しながら政策理念を語ることになり、聞く者の胸に響く演説になることが多い。大統領の指導者としての資質が鮮明になる場でもある。それだけに印象が強くなり、一般教書演説の後、大統領がいかに課題を克服するか、議会がどう動くかがが監視され、国民に問われることになる。

国民は大統領が招かれた市民を紹介しながら語る演説を、テレビを見ながら自分がその場にいるような直接民主主義の疑似体験をする。

内外に多くの矛盾を抱え反発する人も多いアメリカだが、世界の人たちを引き付けるのは、大統領が言葉を尽くし有権者に語りかける、こうした制度も寄与している。

一方で公平を期すため、大統領演説の放送直後、野党の代表が大統領演説への反応演説をするのも慣例になり、今年は共和党のマーク・ドゥビオ上院議員の演説がテレビで放送された。

【NLオリジナル】