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2017年02月20日
佐野稔の4回転トーク 16~17シーズン Vol.⑬ ~2017四大陸選手権を振り返って ~ パート①
●300点台の明暗。驚くしかない、あまりに急速なレベルアップ
国際大会で4度目の300点超え。自身のフリー(FS)の演技を終えた時点で、もしかすると羽生結弦は「勝った」と思ったのではないでしょうか。そのように感じても、まるで不思議ではない内容の演技でした。あれだけの滑りと高得点を眼の前で見せられた直後の滑走にも関わらず、ネイサン・チェン(アメリカ)は、まったく動じていませんでした。当初は予定に入れていなかった演技後半のサルコゥを含め、4種類5本の4回転ジャンプを成功させての完全優勝。終わってみれば、300点超えを達成した羽生が2位に甘んじることになりました。

 羽生は今回、コンビネーション・ジャンプのミスをカバーしようとする副産物であったにせよ、FSで4回転ジャンプに5度トライしてみせました。そのほかはトリプル・アクセルが2本。単独の3回転シャンプは、フリップ1本だけしか跳びませんでした。対するチェンのほうも、4回転が5本、トリプル・アクセル2本、単独の3回転はルッツ1本だけでした。

このままならFSに必要な8度のジャンプの要素に、単独の3回転ジャンプを跳ばずに構成することも可能になります。言い方を換えれば、世界の頂点に立つためには、4回転ジャンプとトリプル・アクセルだけでFSを構成する必要に迫られる時代が、すぐ近くまで来ているのです。

 今シーズンが始まる前の段階では、3種類の4回転を持つ金博洋(ボーヤン・ジン・中国)の台頭や、ジュニア時代からプログラムに3~4本の4回転ジャンプを組み込んでいたネイサン・チェン、ダニエル・サモーヒン(イスラエル)がシニアデビューすることから、この16~17シーズンは「4回転3種類時代」の幕開けになる。そしてオリンピックが開催される来シーズンが、本格的な「4回転3種類時代」が訪れるだろう。私はそんな予測を立てていました。

ところが、この大会では、チェン、羽生、宇野昌磨の3選手が4本以上の4回転ジャンプを着氷してみせた。今シーズンの男子フィギュア界は、そうした私の予測を遥かに超えるスピードで、「4回転3種類時代」のもう一歩先のステージへと進もうとしています。驚くしかありません。平昌五輪の前哨戦と呼ぶには、あまりにハイレベルな四大陸選手権でした。


●「フィギュア大国」アメリカの底力を感じさせるネイサン・チェン
1月の全米選手権のFSで史上初めて5度の4回転ジャンプに成功。ネイサン・チェンが総合318.47点を出して優勝していたとはいえ、そこは国内大会。羽生や宇野昌磨、パトリック・チャン(カナダ)といった錚々たるメンバーが顔を揃える国際大会の舞台で、同じような高得点が出せるかと言えば、それはまた別の話だと、大会前は思っていたのですが…。末恐ろしい17歳です。2大会連続のオリンピック金メダルを狙う羽生陣営にしてみれば、ずいぶんな強敵が表れたものだと感じていることでしょう。

 チェンのジャンプには、持って生まれた運動能力の高さ、ひじょうに優れたアスリート性を感じます。空中姿勢も綺麗ですし、羽生にも似た細身のシルエットも、あれだけの4回転ジャンプを可能にしている要因でしょう。ただ、いまの彼のプログラムは、ハッキリ言って、面白みに欠けます。僕が現役だった時代と代わり映えしない。おそらく今シーズンは戦略上、意図的にそうしているのでしょうが、ジャンプを跳ぶことだけを目的にしたプログラムになっています。

本来のネイサン・チェンは綺麗な動きも持っていますし、美しいラインも出せます。層の厚いアメリカで揉まれ、しっかりとしたスケーティング技術の基礎が身に付いている選手なのです。来シーズンは、プログラムに手を加え、演技構成点の向上に着手してくるはずです。ただでさえ、基礎点「17.90」の大技「4回転ルッツ+3回転トゥ・ループ」を持っているところに、まだまだ伸び代を秘めている。このところ低迷をささやかれていたアメリカ男子ですが、彼のような逸材の登場を見るにつけ、やはり「伝統国」「スケート大国」の底力を感じざるを得ません。


●あの羽生をして「4回転サルコゥ+3回転トゥ・ループ」に苦手意識!?
 優勝は逃したものの、FSの最後に「4回転トゥ・ループ+2回転トゥ・ループ」、さらにはトリプル・アクセルを、咄嗟の判断で組み込んでの200点超え。世界最高レベルの心・技・体を持ち合わせる羽生結弦だからこそできた、攻めの滑りでした。去年12月の全日本選手権をインフルエンザで欠場したブランクの影響も、まるで感じさせませんでした。それでも、今大会でネイサン・チェンに及ばなかった原因はハッキリしています。2度に渡る「4回転サルコゥ+3回転トゥ・ループ」の失敗です。

 ショート・プログラム(SP)のときは、演技冒頭の4回転ループがあまりに完璧に決まったことで、そのまま勢い任せにならないよう、少し慎重になったように見えました。そのため4回転サルコゥに入るまでのスピードが、いつもほどではありませんでした。それがFSになると、今度は力が入り過ぎてしまい、タイミングが合わずに回転数が予定より減ってしまう。いわゆる「パンク」になってしまいました。

 去年秋のオータム・クラシックから、スケートカナダ、NHK杯、GPファイナル、そして四大陸選手権と、このFS後半の「4回転サルコゥ+3回転トゥ・ループ」のコンビネーション・ジャンプを、今シーズンの羽生は一度も試合で成功していません。本人は「練習ではできている」と話していますし、今シーズンもSPでは決めているのだから、技術面での問題ではなさそうです。それでも、これだけ同じ箇所でミスが続けば、やはり特別な意識が働いてしまいます。その結果、慎重になったり、力んだり。自然体で跳躍に入ることが、ますますできなくなる。来月の世界選手権(3月29日~。ヘルシンキ)では何とか乗り越えて、苦手意識を一掃して欲しいところです。

 積み残しの課題がある反面、今シーズンの大きなテーマだった4回転ループについては、SP、FSともシッカリ揃えてみせました。もはや「完成した」と言って、差し支えないレベルでした。こちらについては、もう心配はいらないでしょう。ですが、もはや4回転ループを上手く跳べたこと‘くらい’で喜んでいるようでは、トップ争いから取り残されてしまいます。ひと時の停滞も許されない。羽生結弦をしてなお、さらなる進化を求められるのが、いまの男子フィギュアのレベルなのです。

〈文:佐野稔(フィギュアスケート解説者)〉