ニューズオプエド

ノーボーダースポーツ詳細
2018年09月10日
「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(238) 東京2020パラリンピック」で、22競技540種目の実施が決定。その裏にあるパラアスリートを取り巻く現状
8月25日に無事、「開幕まであと2年」のカウントダウンイベントが行われた東京2020パラリンピック。その20日前の6日には、国際パラリンピック委員会(IPC)が、「東京大会で行われるトライアスロン競技で8種目(男女4種目ずつ)の実施を決定」と発表しました。未決定だった最後の1競技、トライアスロンの実施種目がようやく決まり、東京大会は全22競技540種目の規模で行われることが確定。出場を目指す選手たちにとって、2年後への目標が定まった、というわけです。

ところが、トライアスロンに関するこの発表は日本で波紋を呼びました。実は、トライアスロンは現在、障害の内容などにより大きく分けて、「車いす」「立位(程度別に4クラス)」「視覚障害」の男女各6クラスに分けられています。つまり、男女合わせて12クラスあるところ、実施種目は8つ。裏を返すと、「男女各2クラスが実施されない」という意味です。この決定により、「2020大会招致の立役者が2020大会に出場できない」といった声が上がったのです。

 

皆さんは、東京招致が決まった2013年の国際オリンピック委員会(IOC)総会(ブエノスアイレス)で、日本の最終プレゼンのメンバーとして登壇し、「私はスポーツに救われ、スポーツから人生の大切な価値を教わった」と「スポーツの力」を訴えた谷真海選手(旧姓佐藤/サントリー)を覚えていらっしゃるでしょうか。

谷選手は20歳のとき、骨肉腫で右脚の膝から下を切断。義足のアスリートとして陸上走り幅跳びでロンドン大会まで3回連続でパラリンピックに出場したのち、トライアスロンに転向。結婚、出産を経て、2017年から本格的に国際レースにも参戦。同年の世界パラトライアスロン選手権(オランダ・ロッテルダム)では優勝を果たすなど世界トップレベルの実力を誇ります。でも、その谷選手の障害クラスである「女子立位PTS4(運動機能障害)」が2020年の実施種目から外れることになってしまったのです。



2018年5月に行われた、世界パラトライアスロンシリーズ横浜大会の事前記者会見に登壇した谷真海選手(左から2番目)。(撮影:星野恭子)
■パラリンピックにおける公平性と競技性
ここでパラリンピックでの実施種目について、少し基本事項を抑えておきましょう。まず、ここでいう「種目」は単純に「金メダルの数」です。ちなみに、東京オリンピックは33競技339種目が行われますが、パラリンピックは22競技で540種目。実施種目数が多いのはさまざまな障害のアスリートができるだけ公平に競い合えるよう、各選手の障害の種類や程度に応じて「クラス分け」し、クラスごとに試合を行うことを基本としているからです。例えば、2020年の陸上100mは男子16クラス女子14クラス、つまり全30の決勝レースが行われる予定です。

 

さまざまな障害の選手が参加する以上、パラリンピックにクラス分けは必要です。例えば、脚の障害と腕の障害では、あるいは、義足の選手と車いすの選手では、パフォーマンスには明らかに違いがあります。もしクラス分けをなくすと、柔道の試合から「体重別」のルールをなくし、全選手が「無差別級」で戦うようなものになってしまいます。

クラスは進行性の障害のある選手もいるので、再審査によってクラスが重いものへと変わることもあります。逆に、パフォーマンスの様子を審査され、「動きのレベルが高いので、障害の軽いクラスに変更」と言われる選手もいます。

また、クラス分けの基準自体も不変ではなく、競技ごとに競技パフォーマンスを検証しながら、必要があれば見直され、変更されています。例えば、陸上では今季から、下肢(脚)の障害クラスがまひや機能障害と、切断で義足を使う選手や足長差のある選手のクラスが明確に分けられました。
トライアスロンも、2016年リオ大会で初めてパラリンピックの正式種目に採用されたばかりで、クラス分けの基準についても試行錯誤を続けています。リオ大会時点では男女各5クラス制で、リオでは同各3クラスに絞って実施されました。リオ大会後に再考され、男女各6クラスに細分されています。

このように、パラスポーツでとても大切な「クラス分け」について、IPCでは各競技団体と連携しながら、パラアスリートにできるだけ公平な機会を提供するため、肢体不自由、視覚障害、知的障害について、それぞれ大学に拠点を設け、医学的な観点などからも研究を進めるなど、試行錯誤を続けています。

 

一方で、公平性を追求し、より多くの選手にチャンスを与えるため多くのクラスの試合を行えば、金メダルの数は増え、大会規模も増大します。1クラスの参加人数が少なくなることもあり、「競技性」は下がってしまいかねません。公平性と競技性は矛盾する課題ですが、そのバランスをとるために、IPCでは競技や種目ごとに世界的な普及度や競技人口などを吟味し、種目を選ばざるを得ないのです。

 

例えば、2020年大会の陸上では、200mは男子5クラス女子7クラスのみです。あるいは、女子F46(上肢障害)クラスの選手が出場できる投てき種目はやり投げのだけなので、たとえば、砲丸投げの世界記録保持者でも、2020年大会を目指すためにはやり投げに挑戦しなければなりません。

 

このように、これまでにも専門種目でのパラリンピック挑戦を阻まれるなど涙をのんできたパラアスリートも少なくないのが現状です。そういった事情も知った上で、努力をつづけるパラアスリートたちを応援していただけたら嬉しいです。
■トライアスロンの挑戦

谷選手のケースも、パラリンピック特有の事情から起こってしまった残念な事態というわけです。でも、競技を統括する国際トライアスロン連合(ITU)も日本トライアスロン連合(JTU)もIPCの決定をただ受け入れてきたわけではありません。

 

実は、2020年大会に向けては当初、IPCはトライアスロンに関し、リオ大会と同じ、「全6種目(男女各3クラスずつ)」の実施を予定していました。でも、ITUはJTUの要望も踏まえ、「全12クラス中6クラスでは少ない。全12種目の実施」をIPCに再考を求め、その後、IPCは「全8種目(男女各4クラス)」まで種目を増やしたという経緯があります。

 

IPCの再決定を受け、ITUではどのクラスを実施するか協議を重ねた上で、8月6日に苦渋の決断を発表したという状況です。
実は、この問題はまだ続いていて、実は9月7日に希望が広がる報道がありました。JTUは谷選手も含め、「すべてのアスリートが挑戦する権利を得られるように」と、10日にオーストラリアで行われるITUの理事会に、競技規則の変更を提案する意向というニュースです。現在の規則では、選手は自身の障害クラスにしか出場できませんが、障害の軽いクラスでの出場もできるよう規則の変更を求めるというのです。

 

もし、規則変更が認められれば、谷選手も自身の障害より軽いクラス「女子PTS5」での2020年大会出場の可能性が残ります。2020年大会への出場ポイントレースは来年度からスタートする予定なので、まだ間に合います。

 

自身の障害より軽いクラスで競うのはパフォーマンスを考えると決して楽な戦いではありません。でも、トライアスロンにはもともと、「年令や性別、障害の有無などに関わらず、すべての挑戦者を受け入れる」という競技理念があり、1970年代の競技誕生後まもなくから、障害のある選手も積極的に受け入れてきた歴史があります。規則の変更によって、障害のあるトライアスリート全員に可能性が広がります。10日の理事会での決定を、見守りたいと思います。

最後にもう一つ、パラリンピックではこうした種目の絞り込みは避けられませんが、例えば、競技単体で開かれる世界選手権などでは実施種目はもっと幅広く設定されています。トライアスロンも世界選手権やワールドカップでは全12クラス(男女各6)が実施されていて、「世界チャンピオン」に挑戦できます。

 

実際、まもなく9月15日にはオーストラリア・ゴールドコーストで今季の世界パラトライアスロン選手権大会が開催される予定で、谷選手も今年の出場権を得ており、昨年に続く2連覇が期待されています。10日の決定がどんなものになるかはまだ分かりませんが、谷選手にはこれまで鍛えてきた力を思う存分に発揮し、「女王」としての力を世界に示してほしいです。皆さんもぜひ、応援をお願いします。

(文・取材:星野恭子)