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2018年07月09日
「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(230) 義足のレーム、走り幅跳びで8m47の世界新! 「すべて、パーフェクトだった」~ジャパンパラ陸上大会で世界トップ選手たちから大きな刺激
「世界新2連発」(前号)に引き続き、パラ陸上で、また快挙です! 7月7日、8日、正田醤油スタジアム群馬(群馬県前橋市)で、「2018ジャパンパラ陸上競技大会」が開かれました。参加標準記録も高い日本最高峰の大会で、28回目となる今年は特に、10月に開催されるアジアパラ競技大会(ジャカルタ)代表選手の最終選考大会であり、さらに、海外からパラリンピック金メダリストを含むトップ選手たちも参戦。熱戦が期待されたなか、期待を上回るようなドラマティックな試合がいくつも繰り広げられたのです!

 

その筆頭は世界新記録の誕生でしょう。大会最終種目となった、走り幅跳び男子T64クラス(片ひざ下切断など)で、リオパラリンピック金メダルのマルクス・レーム選手(ドイツ)が8m47の大ジャンプで世界新記録をマークし、優勝したのです。

 

1本目に8m18を跳び、「今日はいけそう」と調子の良さを確認したそうで、その後は少し踏み切りが合わない様子を見せたものの、5本目で8m27に記録を伸ばします。最終6本目は、観客の手拍子の中、スタート。スピード感あふれる助走から力強く踏み切ると、滞空時間の長い大きなジャンプを見せ、砂場に着地。大ジャンプに一瞬どよめいたスタンドはすぐに、計測する審判員を注視して静まり返りました。そして、記録表示板に「8.47」の数字が表れると、大歓声が沸き起こりました。自身がもっていた世界記録を7cm上回ったレーム選手は両手を何度も天に突き上げ、喜びを表していました。

 

「6本目は手応えがあった。大歓声を聞いて、嬉しかった。風はなく、気温も高く、でも暑すぎない。グランドコンディションもよく、審判や運営もよく、すべてがパーフェクトだった。長い間、記録更新に挑戦してきたが、日本で達成できて、本当によかった」

 

走り幅跳びで世界新記録を樹立したマルクス・レーム選手に力強いジャンプ (撮影:星野恭子)

 

現在、29歳のレーム選手は14歳のときにウエイクボード練習中の事故で右脚をひざ下から切断し、その後、義足での陸上競技を始めます。2012年ロンドンパラリンピックに初出場すると、7m35を跳び、初優勝。2015年ドーハ世界選手権では8m40の大ジャンプを披露し、世界記録を更新するも、その後は少し苦しみました。リオパラリンピックで2連覇を果たしたものの、記録は8m21どまり。ようやくここ日本で、長年挑んできた、「自分越え」をかなえたのです。

 

今大会直前、「全く故障がなく、冬季練習もしっかり積めた。すごく調子が良いので、いいジャンプができると思う。楽しみだ」と語っていたレーム選手ですが、その言葉を自ら証明してくれました。「これからも努力をつづけ、2020年東京パラリンピックでもいいパフォーマンスをお見せしたい」

 

多数のカメラマンに囲まれ、世界新記録8m47の表示を指さし、笑顔のレーム選手 (撮影:星野恭子)

 

レーム選手はまた、「オリンピック出場」という夢も持っています。リオオリンピックの参加標準記録もクリアし、出場を希望したものの、国際陸上競技連盟(IAAF)は「カーボン製の義足の反発力」を問題視。IAAFから「義足が有利ではないことを自分で証明するように」と求められたレーム選手は、支援する研究者らとともに科学的データを収集しましたが、短時間での検証では、「義足は踏み切りでは有利性が見られるが、助走では不利」という結果までとなり、「有利性」を完全に否定することはかなわず、リオオリンピックの出場も認められませんでした。

 

レーム選手によれば、2012年以降、使用する義足は同じモデルのままであり、大幅な記録の伸びは義足の使い方のテクニック向上や筋力のアップなどさまざまな努力のたまものだと言います。

 

「壊れれば交換することはあるが、ずっと同じモデルの義足を使っている。シリアルナンバーを見せてもいい。昔は、健常の選手とこんなに近づけるなんて思っていなかった。ただ、努力を重ねてきた結果なんだ」

 

今もオリンピック出場に向け、さまざまな努力をしていると言うレーム選手ですが、その真意は、「健常者と肩を並べたい」とか「勝ちたい」という思いからではなく、「僕はパラアスリートであることに誇りを持っている。ただ、パラアスリートがここまでできる、ということを知ってもらいたい。より多くの人に見てもらえる場が、世界最高峰のオリンピック。だから、目指したい」と、言います。

 

実はこの思い、2015年ドーハ世界選手権で当時の世界記録を達成したときにも話してくれました。彼の考えは全くぶれることなく、ただ真摯に努力し続けているのです。

 

「もっと健常者と一緒に競える機会があるといい。パラアスリートは、健常の選手とはまた違うメッセージや価値を伝えることができると思うから」

 

「観てもらったら、伝わる」は、まさにその通り。今大会が群馬県で開催されるのは初めてでしたが、県内から観戦に来ていた親子は、レーム選手の世界新記録を目の当たりにして大興奮。「パラ陸上は初めて観たけど、すごかった」と父親が言えば、「義足だと感じないくらい、かっこよかった」と、目を輝かせる小学生の女児。

 

また、大会運営のボランティアを務めていた地元の高校陸上部の男子生徒は、「すごい。義足の競技も初めてだったけど、幅跳びで8mジャンプを観たのも初めて」と、世界レベルのパフォーマンスに大いに刺激を受けた様子。そう、百聞は一見に如かず。見たら面白いのが、パラスポーツなのです。

 

■世界で戦う男たちの友情物語

 

今大会には他にも、胸が熱くなるドラマがありました。レーム選手が出場したT64クラスの前に行われた、男子T63クラス(片ひざ上切断など)の走り幅跳びにはリオパラリンピックのメダリスト3選手が顔をそろえ、「三つ巴の戦い」が再演されたのです。3名はリオ大会前の2015年から16年にかけて「世界記録更新」合戦を繰り広げるなど、長年のライバル同士でもありました。

 

実は、リオ銀の山本篤選手は6月末の練習中に左肩を脱臼し、7月30日に手術が決まっていました。今大会の主催者からは、「欠場」の情報もあったのですが、「この日の朝練習で、決めた」と強行出場したことで実現しました。

 

引退が近づく盟友のため、左肩の負傷をおして強行出場した、山本篤選手 (撮影:星野恭子)

 

リオ金メダリストで、世界記録保持者(6m77)のハインリッヒ・ポポフ選手(ドイツ)が8月に行われるヨーロッパ選手権を最後に、引退を表明しており、山本選手は、「ポポフ選手と一緒に戦えるのは、これが最後。出ることが大切だった」と話しました。回復にあらゆる努力をし、担当医の診断を受けた上での決断だったそうです。

 

優勝したのは、リオ銅のダニエル・ヨルゲンセン選手(デンマーク)。1本目に6m38でトップに立ったものの、故障を抱える山本選手が2回ファウルの後に6m41をマークし、先行を許します。4本目、5本目をパスした山本選手に対し、ヨルゲンセン選手は5本目で6m40、6本目に6m41と記録を伸ばします。逆転を狙った山本選手の6本目は6m8。両者の最高記録は6m41で並びましたが、2番目の記録の差でヨルゲンセン選手の優勝となりました。3位には、4本目に6m21を跳んだポポフ選手が入りました。

 

走り幅跳びの熱戦の後、山本篤選手(2位)を肩車するハインリッヒ・ポポフ選手(3位)と、優勝したダニエル・ヨルゲンセン選手(右) (撮影:星野恭子)

 

ヨルゲンセン選手は、「僕たちは試合では競い合うけど、互いに尊敬し合っている。試合が終われば、友人同士。3人でレベルの高い試合ができて嬉しい」と話せば、「故障明けもあって、最高の状態ではなかったが、4本目はいいジャンプができた。今回は、2020年大会に向けて、(走り幅跳び)T63クラスのいい宣伝となる試合ができたかなと思う」とポポフ選手。

 

ポポフ選手はまた、「欠場と聞いていたのに、僕との最後の試合だからと、アツシが出場してくれて嬉しかった。(試合後に)ハグして、(感動で)ふるえた」と感慨深げに話したあと、「アツシの引退試合には、僕もかけつけて、“1本だけ”跳ぶよ」と宣言。走り幅跳びという舞台で育まれた厚い友情関係に、取材しながら心が揺さぶられました。

 

2020年大会では山本選手とヨルゲンセン選手をはじめ、ポポフ選手の後継者で、リオ4位のレオン・シェーファー選手(ドイツ)なども加わって、きっと面白い対決が見られそうです。こちらも、必見です!

 

■パラアスリートからのメッセージ

 

今大会にはレーム選手らをはじめ、約10名の海外選手が出場していました。世界のパラアスリートの言葉には、いろいろ考えさせられることが多かったです。大会前の記者会見で語られた、そのほんの一部をご紹介します。

 

ジャパンパラ陸上競技大会開会式後、記者会見に登壇した選手たち。左から、マルティナ・カイローニ選手、マルクス・レーム選手、ハインリッヒ・ポポフ選手、ダニエル・ヨルゲンセン選手、バレンシア・マウリシオ選手 (撮影:星野恭子)

 

ヨルゲンセン選手―100mでも優勝(12秒84)

「いい試合を見せて、日本の皆さんによい刺激を与えたいし、また、日本の選手からも刺激をもらえたら嬉しい。パラアスリートのパフォーマンスに、(障害など)どんな状況でもスポーツができること、人生が開けることを見てほしい。そうすれば、世界を変えられる」

 

男子T63クラス100m決勝でのヨルゲンセン選手(右)と、懸命に追いかける吉田知樹(かずしげ)選手(左) (撮影:星野恭子)

 

ポポフ選手

「プロのアスリートにとって、結果を出すことは重要だが、それだけではない。情熱やスポーツができる喜びも感じてほしい。障害のある人にとって、スポーツはとても重要。社会復帰や生活の質をあげることに役立つ。(義足の)技術の裏に、人間の努力があることを忘れないでほしい」

 

今夏での引退を表明しているポポフ選手の豪快なジャンプ。リオ金メダリストで、世界記録保持者でもある (撮影:星野恭子)

 

レーム選手

「オリンピック出場へのビジョンは変わらない。2020年もチャレンジしたい。パラリンピアンがどんなことができるかを示し、夢は叶うものだと伝えるための場所なんだ」

 

マルティナ・カイローニ選手(イタリア)今大会では、T63クラス女子走り幅跳び(4m85)、100m(15秒21)で優勝。

「私たちはアスリート。(障害者の)できないことでなく、できることを見てほしい。義足を使いこなすために、いろいろな努力やトレーニングをしていることを知ってほしい」

 

マルティナ・カイローニ選手の美しいジャンプ。日本の選手たちにもよい刺激に (撮影:星野恭子)

 

バレンシア・マウリシオ選手(コロンビア)―今大会では、F34クラス(脳性まひの車いす使用者)の男子砲丸投げ(10m92)、円盤投げ(34m65)、やり投げ(33m62)で三冠を達成。別次元のパフォーマンスだった。

「パラリンピックはインスピレーションの祭典でもある。いいパフォーマンスをして、人間には限界がないことを伝えたい。そのためには強いメンタルが必要なので、僕はスペイン語で『強さ』を意味する、『ソリド』をいう魔法の言葉をいつも心に留めている。めげそうになったり、試合の朝はいつも、『ソリド』と自分に言い聞かせているんだ」

 

円盤投げで試技を行うバレンシア・マウリシオ選手。固定された投てき台に座って競技する。(撮影:星野恭子)

 

パラアスリートたちの熱い戦いが満載の2020年東京パラリンピック開幕まで、2年余り。ぜひ、会場で「体感」してください!

 

(文・取材・写真:星野恭子)